アート・オブ・エンサイクロペディア

 アート・リンゼイから久々のアルバムが届いた。CD2枚組のボリュームで、1枚は1995年の『The Subtle Body (O Corpo Sutil)』から2004年の『Salt』までのソロ・アルバムからの選曲、もう1枚は比較的最近の未発表のライヴ音楽が集められている。

 「イタリアにいる友人がコンピレーション・アルバムの提案をしてくれて、『Encyclopedia Of Arto』というタイトルも付けてくれたんだ。ここ数年ソロ・ライヴをたくさん行っていて、その一部を録音していたから、この2枚のCDで会話のような流れを作ろうと思ったんだ」

ARTO LINDSAY 『Encyclopedia Of Arto』 Northern Spy(2014)

 この『Encyclopedia Of Arto』は単なる編集盤というには留まらない内容になっている。その理由は、この2枚目のライヴ録音にある。ギターとヴォーカルだけでシンプルに構成されたソロ・ライヴ音源だが、それは80年代初頭のDNA時代を彷彿させる演奏を聴くことができる。1枚目との対比という意味でも、非常に興味 深くスリリングな構成なのだ。

 「この2枚目の音源は、ベルリンのBerghainというクラブ、同じくベルリンのいまは閉鎖してしまった.HBC、そしてブルックリンにある小さなクラブPete’s Candy Storeで収録した」

 Berghainはベルリンのコアなクラブとして有名だが、そうした場所も含めて、アートが近年取り組んできたソロ・パフォーマンスはアグレッシブで瑞々しさすら感じさせる。彼はなぜ新録ではなく、ライヴ録音に拘ったのだろうか。

 「ミュージシャンとしての自分の物理的な存在とライヴから得る快感が、レコーディングでは必ずしも出ないバランスを引き起こすと思ったからだね。とは言うものの、たまにこの変なアンバランス感に惹かれることもあるのだけれど」

 そして、本作を通して、NYパンクとブラジル音楽をこともなげに繋げ、かけ離れたイメージを行き来できたアートのこれまでの活動を改めて顧みることができる。

 「どちらも同じ場所から来ていると思っていて、この二つを行き来するのは自分にとっては簡単なことなんだ。聴いた人が各々結びつけられる様に自分なりに組み立てているということだね」

 近年のパフォーマンスもそうだが、アートはギターを初めて手にしたときから、変わることなくチューニングを施さないギターを弾き続けている。これまでの音楽活動の中で、楽理的なことを学ぶ機会も当然あったはずだが、そうはしてこなかった理由を改めて尋ねてみた。

 「ギターを弾き続ける秘訣は反復することだと思うけれども、始めた頃からあまりサウンドは変わってないと思うんだ。いや、でも結構大きな違いがあるかもね。すべては良く聴くこと! そして踊ること。理論を学ばなかった理由の一つには、音楽理論をなくして、自分がどのように発展するか興味があったからなんだ」

 それではと、プロデューサー業も含めて、テクニックのあるブラジルのミュージシャンたちの世界とコミットできた理由を問うと「他のテクニックだよ!」と即答した。そして、プロデューサーとしては「よく聴くこと、そしてアーティストに反論すること」に留意してきたという。ギターだけではなく、アートのヴォーカルもまたそうだが、確かに特別の経験を経て体得したものであると感じられる。それはフィーリングのような曖昧な言葉で形容するのではなく、やはりテクニックだと言うべきだろう。

 最後に個人的な興味からアートが好きな現在のブラジルのアーティストを尋ねてみたが、シバ、ペドロ・ミランダ、ルビーノ・ジャコビーナ、ドメニコ・ランセロッチ、モレーノ・ヴェローゾらの名前が挙がった。そして、現在は、ヨーロッパとアメリカのツアーを控え、マリーザ・モンチとのサンバ/ノイズプロジェクトや複数のスピーカーで音を移動操作するインタレーションなどの準備に追われているという。アート・リンゼイは今年で61歳になった。信じられるだろうか?