ジャズ・ピアニストでありながらメタル・ファンとしても知られる西山瞳さんによる連載〈西山瞳の鋼鉄のジャズ女〉。今回は、癌との闘病の末、10月6日に亡くなられた伝説のギタリスト、エドワード・ヴァン・ヘイレンについて、西山さんが書き綴ります。 *Mikiki編集部
もうあちこちで追悼記事は沢山ご覧になっているかと思いますが、ここでも触れないわけにはいきません。ギタリスト、エドワード・ヴァン・ヘイレンが10月6日に咽頭癌のため65歳で亡くなり、世界で大きなニュースになりました。
あまりにも大きな存在で、歴史を変えたまさに〈ヒーロー〉と呼ぶにふさわしい存在でした。
お恥ずかしながら、私が高校でヘヴィメタルにハマった時は、アメリカらしいロックの明るいパーティー感を持つものは全てちょっと苦手で、ほとんど聴いていませんでした。
もっとしかめっ面で、怒りを焚きつけ、煽るような、また異世界に連れて行ってくれるようなメタルが好きだったんですね。だから必然的にイギリスやヨーロッパ発祥のものを好んで聴いていて、それが私の未知の世界への憧れ、メタルの初期衝動だったと思います。
だから、いつも笑顔で明るく楽しそうな顔で弾いていて、明るい曲をアッパーでアゲ感満点で演奏しているヴァン・ヘイレンは、ちょっと遠いものと感じていました。でも、メタルを聴いている矜恃的に〈聴いていない〉とは死んでも口に出せないので、話ができる嗜み程度にしか聴いていませんでした。
ちょっとこじらせた高校生メタラーにとっては、何より有名すぎるし当たり前すぎたんでしょうね。メタルを聴くという行為は、〈人が知らないものを自分だけは分かっていて聴いているのだ〉という、ちょっとこじらせた優越感込みで聴いていたのかもしれません。
ヴァン・ヘイレンだけじゃなくて、ガンズもAC/DCもほとんど聴いていませんでした。でも〈嗜みとして有名なもの、歴史的に常識になっているものは聴いておく〉というリスナー態度は、今考えるとわりと真面目なリスナーだったのかもですね。これはその後ジャズを聴きはじめる態度も同じような感じで、もしかしてメタルというジャンルを聴く中で育ったものなのかもしれません。
今は何を聴いても大抵のものを楽しめるのは、高校生の未熟リスナーから、ずいぶん練度が上がったからだと思います。高校生の時に邪魔していたのは、ちっぽけなプライドでしょうね!
前置きが長くなりましたが、私のやっているヘヴィメタル楽曲をジャズ・ピアノ・トリオでカヴァーするプロジェクトNHORHMでも、一応レパートリーとして何かやっておいた方がいいかなと思って3曲だけ、曲のアウトラインだけリードシート(メロディーとコードネームだけの譜面、そこからアドリブをします)を作っていました。その3曲とは、“Hot For Teacher”と“Jump”と“Panama”なのですが、そもそもNHORHMのベースの織原良次が「“Shy Boy”やりましょうよ!」とNHORHMを始めた当初からずっと言っていて、デヴィッド・リー・ロスの“Shy Boy”をどうアレンジできるか考えていて、それならヴァン・ヘイレンを先にやる方がいいんじゃないか、と思って書き起こしていました。
彼はビリー・シーン史観で言っていたので、結局ヴァン・ヘイレンも“Shy Boy”もせず、ミスター・ビッグの“Green-tinted Sixties Mind”をNHORHMでカヴァーしました。
“Jump”は、日本のジャズ・ピアニスト、Akiko Graceさんがカヴァーしていたものがあり、こちらは非常に印象に残っています。こういうアプローチで演奏するのは意外でしたがとても好きでした。
それから、パット・ブーンの『In A Metal Mood』というアルバム内でカヴァーされていた“Panama”が強烈に印象に残っていました。アルバム自体は珍品として有名で、内容(特に歌)については色々ご意見あるかと思いますが、ジャズ側から見ると参加しているアレンジャーが本当に凄い面子で、第一線のアレンジャーが集まって1人1曲アレンジしているアルバムなんですね。詳細は以前ブログに書いたのでぜひご覧ください。
メタルバカ一代/パット・ブーン - Hitomi Nishiyama blog http://blog.livedoor.jp/hitomipf79/archives/52368815.html
この“Panama”のアレンジは、ホイットニー・ヒューストン、マイケル・ジャクソン、ドナ・サマー、ベビーフェイスなどの作品に関わりってきたアレンジャー・作曲家のビル・マイヤーズがしており、良いアレンジです。
私も先日YouTube配信ライブで、亡くなった直後だし何かできるかなと思って、急遽ヘッド・アレンジして弾いてみました。これは突貫で弾いたので、コロナ明けてNHORHM復活の時は、もう少しちゃんとアレンジして演奏したいと思います。
実は、ヴァン・ヘイレンはこれまで演奏していませんでしたが、シャツだけはちゃんと持っているんですよ。黒くないので一見メタルシャツには見えず、あらゆる局面で着ても目立たないので便利に着ていました。たまにジャズのライブでも、お客さんに「ヴァン・ヘイレンの柄だ!」と突っ込まれる時はありましたが。
しかし、エドワード・ヴァン・ヘイレンが亡くなったと思って、思い出して聴きたくなったのは、自分でも意外なことに“Can’t Stop Loving You”でした。
ストレートな王道ロックですが、なんだか時代の音がして懐かしい。これは私が高校生当時メタルやロックを聴いていた頃の曲なので、単純に懐かしんでいるだけかもしれませんが、シンプルなのに本当に良い曲だなあと思います。
そしてサミー・ヘイガーの歌が本当に素晴らしい。当時、歌詞なんてほとんど聴いていませんでしたが、今聴くと力強く愛を歌った名曲でした。
この曲は、レイ・チャールズの歌った“I Can’t Stop Loving You”へのオマージュで、元の曲の方はジャズではカウント・ベイシー・オーケストラが演奏しており、ジャズのレパートリーとしても時々演奏されます。
元の曲の方は大人な別れの歌なのですが、それを踏まえてのヴァン・ヘイレンの“Can’t Stop Loving You”は、サビの〈I can’t stop loving you〜〉の手前のBメロ(2番は1番とコードもメロディーも違いますが)の力強いメッセージとストレートで全力でぶつかるような歌唱がエモーショナルで心にグッときて、強く揺るぎのない愛の表明になっています。ギターは全く前面に出てこずソロも地味なんですが、非常にセンス良く音楽とメッセージに奉仕しています。
聴き直して、本当に素晴らしい曲だなと感動しました。
LIVE INFORMATION
10月24日(土・昼)13:00~13:30 自宅からソロでライブ配信
リンクはこちら
10月30日(金)東京・池袋Apple Jump(電話03-5950-0689)
西山瞳(ピアノ)、小美濃悠太(ベース)、則武諒(ドラムス)トリオ・セッション
開演:20:00(2sets)
価格:3,200円
10月31日(土)東京・成城学園前Cafe Beulmans(電話03-3484-0047)
西山瞳(ピアノ)、橋爪亮督(テナー・サックス)デュオ
開場/開演:19:30/20:00(2sets)
価格:3,000円+2 drinks order
11月7日(土・昼)埼玉・蕨Our Delight(電話048-446-6680)
西山瞳ソロ
開場/開演:13:30/14:00(2sets)
詳細はhttp://hitominishiyama.net/
RELEASE INFORMATION
東かおる、西山瞳『フェイシス』発売中!
2013年作『Travels』に続く、東かおる(ヴォーカル)・西山瞳(ピアノ)共同名義作品の2作目がリリース決定。前作同様、市野元彦(ギター)、橋爪亮督(サックス)、西嶋徹(ベース)という、日本のコンテンポラリー・ジャズ・シーンの最重要メンバーで録音。詳細はこちら。
PROFILE:西山瞳
1979年11月17日生まれ。6歳よりクラシック・ピアノを学び、18歳でジャズに転向。大阪音楽大学短期大学部音楽科音楽専攻ピアノコース・ジャズクラス在学中より、演奏活動を開始する。卒業後、エンリコ・ピエラヌンツィに傾倒。2004年、自主制作アルバム『I'm Missing You』を発表。ヨーロッパ・ジャズ・ファンを中心に話題を呼び、5か月後には全国発売となる。2005年、横濱ジャズ・プロムナード・ジャズ・コンペティションにおいて、自己のトリオでグランプリを受賞。2006年、スウェーデンにて現地ミュージシャンとのトリオでレコーディング、『Cubium』をSpice Of Life(アミューズ)よりリリースし、デビューする。2007年には、日本人リーダーとして初めてストックホルム・ジャズ・フェスティバルに招聘され、そのパフォーマンスが翌日現地メディアに取り上げられるなど大好評を得る。
以降2枚のスウェーデン録音作品をリリース。2008年に自己のバンドで録音したアルバム『parallax』では、スイングジャーナル誌日本ジャズ賞にノミネートされる。2010年、インターナショナル・ソングライティング・コンペティション(アメリカ)で、全世界約15,000エントリーの中から自作曲“Unfolding Universe”がジャズ部門で3位を受賞。コンポーザーとして世界的な評価を得た。2011年発表『Music In You』では、タワーレコード・ジャズ総合チャート1位、HMV総合2位にランクイン。CDジャーナル誌2011年のベストディスクに選出されるなど、芸術作品として重厚な力作であると高い評価を得る。2014年には自己のレギュラー・トリオ、西山瞳トリオ・パララックス名義での2作目『シフト』を発表。好評を受け、アナログでもリリースする。2015年には、ヘヴィメタルの名曲をカヴァーしたアルバム『New Heritage Of Real Heavy Metal』をリリース。マーティ・フリードマン(ギター)、キコ・ルーレイロ(ギター)、YOUNG GUITAR誌などから絶賛コメントを得て、発売前よりメタル・ジャズ両面から話題になり、すべての主要CDショップでランキング1位を獲得。ジャンルを超えたベストセラーとなっている。同作は『II』(2016年)、『III』(2019年)と3部作としてシリーズ化。2019年4月には『extra edition』(2019年)もリリース。
自己のプロジェクトの他に、東かおる(ヴォーカル)とのヴォーカル・プロジェクト、安ヵ川大樹(ベース)とのユニット、ビッグ・バンドへの作品提供など、幅広く活動。横濱ジャズ・プロムナードをはじめ、全国のジャズ・フェスティヴァルやイヴェント、ライヴハウスなどで演奏。オリジナル曲は、高い作曲能力による緻密な構成とポップさの共存した、ジャンルを超えた独自の音楽を形成し、幅広い音楽ファンから支持されている。