インタビュー

COMMON 『Nobody's Smiling』 Part.1

新天地を謳歌するよりも、微笑みを失った故郷のために行動することを選んだコモン。根源的なヒップホップへの愛を盟友ノーIDと紡いだ傑作、あなたはどう受け止める?

COMMON 『Nobody's Smiling』 Part.1

現状を無視することはできない

 〈残念だがシカゴは死にかけている。うわべはまともな社会に見えるかもしれないが、ダウンタウンから2ブロックも歩けばすぐに荒れ地にぶち当たる〉(ルーペ・フィアスコ:『ニューズウィーク』2013年4月23日号より)

 ここ十数年の殺人発生率の高さから、アメリカ屈指の犯罪都市としてすっかりネガティヴなイメージが定着してしまった感のあるシカゴ。〈最高の音楽は最悪の環境から生まれる〉なんて言説を真に受けるつもりはないけれど、そんなシカゴのヒップホップ・シーンがいま未曾有の活況を呈しているのはまぎれもない事実だ。

 逆に言うと、近年のシカゴのインナーシティーの惨状を知りたければ、彼らの音楽に耳を傾けるのが手っ取り早い。シカゴでもっとも危険な地域として知られるサウスサイド出身のキング・ルイは、2011年に『Chiraq Drillinois』なるタイトルのミックステープをリリースしているが、シカゴの若いラッパーたちは暴力のはびこる自分たちのホームタウンを戦火が絶えないイラクと重ね合わせて〈Chiraq〉と名付け、さらにみずからの音楽を〈弾丸で撃ち抜く〉などの意味を持つ〈Drill〉と呼んで地元の現状をリプリゼントしている。先日、独立記念日の3連休にシカゴでは82件の発砲事件が起きて14人が射殺されていることからもわかるように、〈Chiraq〉はラッパーお決まりの大言壮語でもなんでもなく日常のリアルなのだ。

〈この街のどこに行っても心が痛む/イラクで314人の兵士が命を落としたのに対して、シカゴでは509人も殺されているんだ〉(カニエ・ウェスト、2011年作“Murder To Excellence”より)

 シカゴに笑えることなんて何ひとつありゃしない——今回、そんなショッキングなタイトルのアルバム『Nobody Smiling』を引っ提げて故郷の現実を伝えようと立ち上がったのが、20年以上のキャリアを誇るシカゴ・ヒップホップの支柱的存在コモンであり、その下積み時代からのプロダクション・パートナーにして〈シカゴ・ヒップホップのゴッドファーザー〉の異名を取るノーIDだ。

 「僕とノーIDは、今回のアルバムを何よりも人々に行動を促すものにしたかった。シカゴに暴力がはびこっているのは事実だけれど、暴力を抜きにしても非常にタフな状況が存在しているんだ。地元のサウスサイドに帰ると昔よりもダークになったように感じるよ。みんな沈み込んでいて、誰も笑顔を見せないんだ。毎日のように若者が殺されている現実を目の当たりにして、自分たちに未来があるなんて思えるわけがない。自分の生まれ育った街の人々がそんな状況に置かれているのを無視することはできないよ」。

COMMON Nobody's Smiling Artium/Def Jam/ユニバーサル(2014)

 

やってきたことに応える必要がある

 コモンの通算10枚目のアルバムであり、ノーIDが主宰する(デフ・ジャム傘下の)アーティウム移籍第1弾となる『Nobody Smiling』は、コモンの言葉を借りると〈シカゴとヒップホップ・コミュニティーへの恩返し〉が制作の大きな動機になっている。そんな彼の思いがわかりやすく反映されているのが、キング・ルイやリル・ハーブといったシカゴの新進ラッパーのポートレートがあしらわれたアルバムのジャケットだ。

 「シカゴの新しいラッパーたちをジャケットに起用したのは、彼らこそがいまのシカゴを代表する若者たちで、アルバムの制作にあたって考えたことやシカゴの現状を象徴しているからだよ。いまのシカゴのヒップホップ・シーンは最高だ。チーフ・キーフリル・ダークは真実を語ってる。チャンス・ザ・ラッパーだってそう。シカゴの現在と多様性を皆に見てもらいたいんだ」。

 ほぼ全編がシリアスなトーンで統一されたアルバムは、リル・ハーブをフィーチャーした“The Neighborhood”で幕を開ける。ここではシカゴが誇るソウル・レジェンド、カーティス・メイフィールドの“The Other Side Of Town”(70年)の一節が引用されているが、そこにコモンとハーブのラップが交錯する様は、まさにシカゴのゲットーの過去と現在がオーヴァーラップするかのようだ。それはゲットーを取り巻く状況が昔から何ひとつ変わっていないことを示唆すると共に、この問題の根の深さを聴き手の眼前にまざまざと炙り出す。

 〈俺は街の向こう側で生まれ育った/そこじゃヨソ者は立ち入り禁止/分かち合いや思いやりを学んだこともなければ/平等が何かを教わったこともない〉(カーティス・メイフィールド、“The Other Side Of Town”より)

 〈会話すら生まれないイーストサイドでは、どいつもこいつも感情に任せて突っ走る/誰も暴力を止められやしないのに、なぜこの街は嘘をつき続けるんだ?/仲間たちがピースサインを掲げても、次々と人々が死んでいく〉(リル・ハーブ、“The Neighborhood”より)

 「プロデューサーのノーIDとは、とにかく何か新しいことをやろう、やったことのないことをやろうって話をした。なぜ僕たちがヒップホップをやり続けているのか、なぜヒップホップに惹かれ続けているのかを徹底的に話し合ったよ。ヒップホップは僕たちの人生に多くのものを与えてくれたから、恩返しをしたいんだ。僕は自分自身に正直でいたいし、自分がこれまでに成し遂げたことの陰に隠れたくない。単に自分に正直になるだけじゃなく、これまで達成したことに応える必要があるんだよ」。

 今回の『Nobody Smiling』は、実はコモンがノーIDの全面プロデュースのもとで作り上げた初のアルバム『Resurrection』(94年)のリリース20周年を祝福する作品でもある。そんな機会に改めてヒップホップと真摯に向き合い、こうして素晴らしい結果を導き出した彼らは、全力でサポートする価値のある真に誠実なアーティストだと思う。このあと9月、コモンは同郷のカニエ・ウェストと組んでシカゴの地域貢献を目的とした音楽フェスティヴァル〈AAHH! Fest 2014〉を開催する予定だ。

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