ジャズ・ピアニストでありながらメタル・ファンとしても知られる西山瞳さんによる連載〈西山瞳の鋼鉄のジャズ女〉。第34回目となる今回は、11月13日になんと6年ぶりの新作『Power Up』を世界同時リリースしたロック・モンスター、AC/DCについて、西山さんの思い出を交えながら書き綴っていただきます。 *Mikiki編集部

★西山瞳の“鋼鉄のジャズ女”記事一覧

 


11月13日にAC/DCの6年ぶりの新作『Power Up』がリリースされました。

9月28日に、Twitterに突如現れたAC/DCの稲妻が点灯する画像。何かが始まる!と思ったら、10月7日に新曲“Shoot In The Dark”が公開。

どこからどう聴いてもAC/DC! 紛うことなきAC/DC!

 

この不安な時期に投下されるAC/DCの新曲は、強烈なものがありました。なんというか、うん、変わらない! 通常営業のAC/DCでどこからどう聴いてもAC/DCです! なんだかとても元気が出ました。

そして同時に、アルバムが11月13日に発売されるというアナウンスもあり、心待ちにしていました。その名も『Power Up』。シンプル!

 

11月13日の0:01に、前のめりでサブスクで聴きましたが、あまりのAC/DCさにもう嬉しくなって、ずっと聴いています。歩いて仕事に行く時もAC/DC、掃除にもAC/DC、また最近コロナの感染者が増えて仕事がキャンセルになることも多く、ちょっと凹んで元気がなくなったらAC/DCを聴けば元気が出ます。

前回の連載でヴァン・ヘイレンのことを書いた時に、〈明るいものはあまり好きじゃなかった〉と書きました。やっぱりAC/DCも高校生の私には明るすぎて聴いていませんでしたが、またメタラーの変な矜恃として、ロック名盤を聴いていないとは言えないので『Back In Black』ぐらいは聴いていましたよ。

私は出身が大阪府枚方市というところで、実はここはTSUTAYAの本店があるところなんです。本店と、少し離れた国道沿いのTSUTAYAはメタルのCDが充実していて、メタルを一通り聴いてみたいけれどお金のない高校生には、非常に助かりました。

 

AC/DCといえば、ライブに行き始めてからは〈やたらライブ前のSEにAC/DCがかかるなあ〉と思っていましたが、NHORHMでカヴァーする曲を『Back In Black』から選ぼうとなった時に、音楽知識と経験をそれなりに身につけた後に改めて聴いたら、〈驚異的にどれも一緒だ〉と思いました。

大体同じBPM、歩くテンポか早歩き、大体キーはAかEでメジャーが多め、2秒で合唱できる……。

〈逆にどの曲を選んだらいいかわからない〉というジレンマで悩みましたが、私が選んだのが“What Do You Do For Money Honey”。

AC/DC独特の〈アゲ感〉を損なわないように、BPMはそのままに、アゲ感のあるラテン風味でアレンジしました。NHORHMではアンコールや最終曲として演奏することが多く、演奏していて楽しいです。できれば、いつかベースの織原君にはアンガス風味のダックウォークで弾いて欲しいですが。

 

AC/DCは、とにかくハリウッド映画で劇中によく使用されます。大体が〈ここから逆転だ!〉〈これから殴り込み!〉という、出撃準備の時に流れます。あと、調子こいているシーンも多いですね。リベンジという局面でも流れますが、AC/DCが流れている最中は、殺しが軽くなります。もうほぼ記号的にAC/DCがかかるので、見ているこちらもパブロフの犬のように〈テンション上がるのだ〉と思ってテンションが上がっている感じすらします。

 

みんな大好き「アイアンマン」は冒頭から“Back In Black”。

 

「アイアンマン2」冒頭の、アイアンマンことトニースタークがスターク・エキスポで調子こいてるところは、“Shoot To Thrill”。

 

映画や漫画、小説の中に入ると夢想することの多かった自分にとっては好きな映画、「ラスト・アクション・ヒーロー」、こちらは“Big Gun”。

 

「デッドプール2」のおバカなXフォース出撃シーンでの“Thunderstruck”。

 

そして、なんといっても「バトルシップ」の山場でかかる“Thunderstruck”は最高of最高です。理想的なAC/DCの使われ方。かなりの回数を見ているバトルシッパーの端くれですが、映画のテンションと馬鹿馬鹿しさAC/DCのテンションがドッキングして、もうAC/DC映画として一番最高じゃないですかね。

 

新譜『Power Up』は、本当に皆が期待していたAC/DCすぎて最高でした。

聴覚障害で離脱したブライアン・ジョンソン、引退したクリフ・ウィリアムス、暴力事件で脱退したドラムのフィル・ラッドが戻って来た新譜は、いったん大変な状況になった人たちのテンションとはとても思えない演奏です。キレキレです。

このアルバムの詳細レビューというのが非常に難しい内容でして、それは、新譜にもかかわらずあまりにもAC/DCが〈変わらない〉から。前に聴いたことあるかも?といつでも思うのがAC/DCで、新譜の内容紹介は〈めっちゃAC/DCです!〉で終わってしまいます。

私のお気に入りは、“Demon Fire”、この曲はこの先ハリウッド映画で使われる未来が見えます……!

ミュージシャンやバンドは評論家やリスナーから〈進化している〉と評されることが多いですが、進化することがいつでも最上ともあまり思えなくて、それは私の敬愛するジャズ・ピアニストのエンリコ・ピエラヌンツィもそうなんですけど、ずっとハイクオリティの金太郎飴というのも凄いことだと思うんですね。ジャズは特に毎秒変わっていく、変化を宿命とした音楽ですが、音楽自体は進化だけの物差しでもないですし、そこはアーティストやバンドの考え方によるなと思うので、私も含め、聴いただけの人間が進化していると評価するのは結構傲慢だなと感じる時があります。見た目や音列だけで進化も計れないし、内面が進化したからこそ、外面が変わらないということもあるでしょうね。

AC/DCの新譜はその極北で、伝統の味を守ることが最大の攻撃!みたいな印象を受けました。

とにかく、こんなに元気の出る新譜があったでしょうか。AC/DCを聴いたことない、普段ロックやメタルを聴かない方もぜひ聴いて下さい。〈なんかこれ聴いたことある、楽しい!〉が待っていますから!

 


LIVE INFORMATION
11月20日(金)神奈川県・横浜 上町63(電話045-662-7322)
西山瞳(ピアノ)、馬場孝喜(ギター)デュオ
開演:20:00(2sets)
価格:3,000円(学割あり)

11月23日(月・祝)
西山瞳ソロ
15:00~15:30 YouTubeチャンネルにてライブ配信予定

12月25日(金)愛知県・名古屋新栄Lamp(電話052-252-7151)
西山瞳ソロ
開演:19:30
価格:前売3,000円/当日3,500円

12月26日(土)京都府・岡崎NAM SALON(電話075-741-8576)
西山瞳ピアノコンサート
開場/開演:14:30/15:00
価格:前売2,500円/当日3,000円

12月28日(月)大阪府・梅田Mr.Kelly’s(電話06-6342-5821)
西山瞳(ピアノ)、萬恭隆(ベース)、清水勇博(ドラムス)
開場/開演:18:00/19:30(1st)、21:00(2nd)
価格:前売3,800円/ 当日4,000円

詳細はhttp://hitominishiyama.net/

 

RELEASE INFORMATION

東かおる、西山瞳『フェイシス』発売中!
2013年作『Travels』に続く、東かおる(ヴォーカル)・西山瞳(ピアノ)共同名義作品の2作目がリリース決定。前作同様、市野元彦(ギター)、橋爪亮督(サックス)、西嶋徹(ベース)という、日本のコンテンポラリー・ジャズ・シーンの最重要メンバーで録音。詳細はこちら

東かおる,西山瞳 『フェイシス』 MEANTONE RECORDS(2020)

東かおる、西山瞳『フェイシス』トレイラー動画
 

PROFILE:西山瞳

1979年11月17日生まれ。6歳よりクラシック・ピアノを学び、18歳でジャズに転向。大阪音楽大学短期大学部音楽科音楽専攻ピアノコース・ジャズクラス在学中より、演奏活動を開始する。卒業後、エンリコ・ピエラヌンツィに傾倒。2004年、自主制作アルバム『I'm Missing You』を発表。ヨーロッパ・ジャズ・ファンを中心に話題を呼び、5か月後には全国発売となる。2005年、横濱ジャズ・プロムナード・ジャズ・コンペティションにおいて、自己のトリオでグランプリを受賞。2006年、スウェーデンにて現地ミュージシャンとのトリオでレコーディング、『Cubium』をSpice Of Life(アミューズ)よりリリースし、デビューする。2007年には、日本人リーダーとして初めてストックホルム・ジャズ・フェスティバルに招聘され、そのパフォーマンスが翌日現地メディアに取り上げられるなど大好評を得る。

以降2枚のスウェーデン録音作品をリリース。2008年に自己のバンドで録音したアルバム『parallax』では、スイングジャーナル誌日本ジャズ賞にノミネートされる。2010年、インターナショナル・ソングライティング・コンペティション(アメリカ)で、全世界約15,000エントリーの中から自作曲“Unfolding Universe”がジャズ部門で3位を受賞。コンポーザーとして世界的な評価を得た。2011年発表『Music In You』では、タワーレコード・ジャズ総合チャート1位、HMV総合2位にランクイン。CDジャーナル誌2011年のベストディスクに選出されるなど、芸術作品として重厚な力作であると高い評価を得る。2014年には自己のレギュラー・トリオ、西山瞳トリオ・パララックス名義での2作目『シフト』を発表。好評を受け、アナログでもリリースする。2015年には、ヘヴィメタルの名曲をカヴァーしたアルバム『New Heritage Of Real Heavy Metal』をリリース。マーティ・フリードマン(ギター)、キコ・ルーレイロ(ギター)、YOUNG GUITAR誌などから絶賛コメントを得て、発売前よりメタル・ジャズ両面から話題になり、すべての主要CDショップでランキング1位を獲得。ジャンルを超えたベストセラーとなっている。同作は『II』(2016年)、『III』(2019年)と3部作としてシリーズ化。2019年4月には『extra edition』(2019年)もリリース。

自己のプロジェクトの他に、東かおる(ヴォーカル)とのヴォーカル・プロジェクト、安ヵ川大樹(ベース)とのユニット、ビッグ・バンドへの作品提供など、幅広く活動。横濱ジャズ・プロムナードをはじめ、全国のジャズ・フェスティヴァルやイヴェント、ライヴハウスなどで演奏。オリジナル曲は、高い作曲能力による緻密な構成とポップさの共存した、ジャンルを超えた独自の音楽を形成し、幅広い音楽ファンから支持されている。