ザ・ビーチ・ボーイズの共同創設者の一人であるブライアン・ウィルソンが82歳で死去した。比類なきメロディーメイカーとしての才能と、レコーディングにおける豊富な知識と革新的な発想を持ち合わせていた彼がいなければ、私たちが現在見聞きしているポップミュージックは全く別の形を成していただろう。
Mikikiでは、ブライアンの死を受けて編集部員によるコメントを掲載。その波乱万丈な人生と豊かな作品群に思いを馳せながら、各自が思いの丈を綴った。 *Mikiki編集部
井原邦雄(メディア編集部)
自分が最も好きなアーティストであるブライアン・ウィルソンが旅立ってしまった。昨年、最愛の人である妻・メリンダが亡くなって以降、認知症を患っていることがあきらかになり、SNSで公開された近影からは随分と痩せてしまったなぁという印象を受けていたこともあり、ある程度の覚悟はしていましたが、いざ訃報の知らせを耳にしたときは茫然自失。今は、彼が生み出した楽曲を聴きながらブライアンのことを考えています。
ザ・ビーチ・ボーイズといえば、“Surfin’ USA”や“Kokomo”くらいしか知らなかった高校時代の自分(97年頃)。音楽雑誌「GROOVE」のなかで、『Pet Sounds』がどうやらヤバいということが書かれていて、兄が持っていた『Pet Sounds』のCDを聴いたのですが、“Wouldn’t It Be Nice”のメロディーに胸がときめいたものの、次の“You Still Believe In Me”からの曲は〈なんか暗いなぁ〉という感想。最後まで通して聴いても、なぜこのアルバムが〈名盤〉と称されているのかはまったく理解できず。普通であれば、そのまま兄のCDラックへ返却するのですが、ほかに聴きたいCDがなかったのか、その後も再生を繰り返す日々で、気づいたらトリコじかけの明け暮れ(©根本敬)ですよ。
その後、大学時代にアルバイト先の女の子と『Pet Sounds』とベスト盤『Endless Summer』を貸し借りしたことをきっかけに、“Don’t Worry Baby”や“Girls On The Beach”など『Pet Sounds』以外の曲の素晴らしさを知る。七夕まつりの日に“Surfer Girl”を聴いたとき、目の前にいたその子の動きがスローモーションになり、瞬時に恋に落ちたことはあまりにも甘酸っぱすぎる思い出。ブライアン、あの時は恋に一生懸命で言えなかったけど、稀有な体験をさせてくれてありがとう。
それからは、ひたすら『All Summer Long』や『Friends』などのオリジナル作を片っ端から聴き、バンドの歴史を書籍やドキュメンタリー作品で知り、各メンバーのソロ活動にも手を伸ばすことに。なかでも、ブライアンのソロからは音楽以上の〈何か〉を与えてもらいました。ステージでパフォーマンスすることは決して得意なようには思えないし、彼にとっては〈苦すぎる〉記憶を呼び起こすであろう頃の楽曲に再び挑むことからは、〈勇気〉を持ってその後の人生を送るんだという強い意志を感じた。2000年のライブ盤『Live At The Roxy Theatre』が一番のお気に入りアルバムなのは、そのあたりがよく表れているから。まだライブ活動を再開してから間もないというのに、“Til I Die”や“Lay Down Burden”を歌うとは。過去の自分と決別せず、今すべきことと向き合ったブライアンの姿はこれからも自分にとっては大切な指針となるはずです。
そしてなにより、ブライアンから感じたのはひたむきな〈愛〉の数々。バンド時代はもちろんですが、ソロになってからはその要素がより強く感じられる。60年代の天使のような歌声ではないけど、素朴で温かみのあるボーカルだからこそブライアンが曲に込めた愛を身近に感じられるのだと思います。
フェイバリットソングを挙げていくと、“This Isn’t Love”“Good Kind Of Love”“Nothing But Love”“The Like In I Love You”など、タイトルに〈Love〉が付く曲がまぁ多いこと。また、ライブでは最後に披露されることが定番だった一世一代の名曲“Love And Mercy”。その〈愛と慈悲〉の心を、ブライアンはソロキャリアを通して歌い続けてきたんだと思うと感慨深い気持ちになって、襟を正さずにはいられません。
最後に、2015年に公開された映画「ラブ&マーシー 終わらないメロディー」のエンディングを飾った“One Kind Of Love”を。この曲はブライアンがメリンダへの愛と感謝を綴った曲だけど、誰かを愛している人のための楽曲でもある。キャリア終盤になっても、こんなに美しくて感動的な曲が生み出せるなんて。何度もこの曲を聴いて涙を流してきたけど、そろそろブライアンがメリンダと再会できてるかもと想像したら、不思議な安心感で再び落涙。ソロ時代から1曲選べと言われたら“One Kind Of Love”です。
ブライアン、本当にありがとうございました。どうぞ、安らかに。
