新世代アーテイストとの出会いと渋谷にパイドが復活した意義
――そういったレジェンドだけでなく、パイドは〈Next Generation〉として若いアーティストたちの作品も推しています。
長門「bjons、ルルルルズ、秘密のミーニーズ、ウワノソラ、いーはとーゔのようなインディー・レーベルから作品を出している才能ある若手たちと出会えたのも収穫だった。
評価が定まった70~80年代の再発盤コーナーがある一方で、まったく無名の新人の作品でも、いいものだったら面出しして、試聴機に入れたり、インストアをやったりして応援しています。そうすることで音楽ファンに注目されて成長していくのを見るのは楽しいし、そこにいまこの時代の渋谷にパイドが復活した意味がある。
タワーのような大型店だと、毎週のように大量にリリースされる新譜を短期で次々に店頭展開していかないと追いつかないけど、パイドの場合、気に入ったものは何年もずっと試聴機に入れたまま。店も狭いし、置くアイテムの数も限られているので、新譜も旧譜も僕がいいと思うものしか置かない。これは南青山時代から同じです。そんな店が一軒くらいあってもいいと思っています」
塩谷「〈あれ、これは置いていないの?〉と思う作品もあるのですが、それには長門さんの意図があるんです。長門さんという店主の意志が反映された、パイドというお店だからできることですね。他の店にあっても発見されないような盤が、パイドにあると輝いて見えることがある。普通のCDショップでは考えられないようなものが試聴機に入っていますからね(笑)。でも、そういうものがちゃんと売れているんです」
――それこそがパイドの独自性ですよね。
塩谷「渋谷パイドの2周年には『コロンビア・グルーヴィー・ソングバーズ』(2018年)、3周年には『RCA グルーヴィー・ソングバーズ』(2019年)という女性シンガーの楽曲を選曲したコンピをリリースしました」
VARIOUS ARTISTS 『コロンビア・グルーヴィー・ソングバーズ』 ソニー(2018)
長門「このコンピを聴くと、それぞれのレーベルのカラーというか、サウンドの特徴がわかると思う。特に60年代のコロンビアには優秀なハウス・プロデューサーがいて、アレンジャー、作家陣も素晴らしい仕事をしている。RCAのほうは許諾が下りない曲や使えない写真があって苦労したな。僕は選曲からアートワークのディレクションまで全部やるから、思いどおりにいかないと悔いが残ってね。でも、制約のあるなかで最良のものを作ったという自信もある。このガール・ポップ・コンピはレーベル別で第3、4弾も考えています。
今年は『ベスト・オブ・パイド・パイパー・デイズVol.3』の企画も進めていて、未CD化曲も多いし、Vol.2を超えるゴキゲンな内容になるはずが、コロナの影響で進まなくなって……。残念ながら、いつ発売できるかは未定」
パイドへの贈り物のような2020年の傑作たち
――では、2020年にパイドが推してきた作品を教えてください。
塩谷「ブライアン・ウィルソン&ヴァン・ダイク・パークス『Orange Crate Art』の25周年盤が6月にリリースされました。初のアナログ化ですよね」
BRIAN WILSON, VAN DYKE PARKS 『Orange Crate Art (25th Anniversary Edition)』 Omnivore(2020)
長門「そうだね。このアルバムのことは、ヴァン・ダイクが企画をスタートさせた頃から、ヴァン・ダイクに話を聞いていたんだ。ロスのホテルの僕の部屋で〈昨日ブライアンとこれを録ったんだ〉ってデモ・テープを聴かせてくれたりして。そのときはヴァン・ダイクのソロ・アルバムで、ブライアンがゲスト・ヴォーカルで参加しているんだと思っていたんだよね。でも、実際はブライアンが全面参加した共同名義の作品だった。
輸入盤CDの背表紙を見ると、片側には〈Brian Wilson & Van Dyke Parks〉と書いてあるんだけど、反対側には〈Van Dyke Parks & Brian Wilson〉と書いてある。これは、ヴァン・ダイクのプライドの表れ。日本盤だと片側はカタカナだから、どっちもブライアンの名前が先にきているけど」
塩谷「気づいたファンはニヤリとしますよね」
長門「ヴァン・ダイクから〈ブライアンと一緒のコンサートをイギリスでやるかも〉という話があったので、僕はその日本公演をどうしてもやりたくて、友人のコンサート・プロモーターを連れて交渉しに行ったんだよね。でも、イギリス公演自体がなくなったので、日本公演の企画も消滅してしまった。
96年の夏にヴァン・ダイクから奥さんのサリーが描いた水彩画の絵葉書が届いて、〈LAのアッシュ・グローヴでストリングスを入れたコンサートをやるんだ〉って書いてあったの。驚かしてやろうと思って事前に行くことを伝えずに会場に行ったら、彼、びっくりしちゃって。それでヴァン・ダイクがライブ中に〈今日のお客さん、遠くから来ている人もいると思うけど、どこから来ているか言ってみて!〉って呼びかける場面があって、たぶん僕に〈ジャパン〉と言わせようと思ったんだろうね、でも僕より先に誰かが〈ブラジル!〉って言っちゃって(笑)。まあ、いいかって。
『Orange Crate Art』には、そういういろんな思い出がある。日本盤のライナーも書いたしね」
――もし来日公演が実現していたら、伝説になっていたでしょうね。
長門「だから、今回の25周年盤はパイドで売るしかないだろうと。それにあわせてヴァン・ダイクの展示も始めて。南青山時代から、ヴァン・ダイクのレコードは絶対に切らさないのがパイドのポリシー。ドクター・ジョンやローラ・ニーロ、ロジャニコ(ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ)、フィフス・アヴェニュー・バンドとかもね」
塩谷「南青山パイドで大定番だったものは、いまもTOWER VINYLで、お得なスペシャル・プライスで売っているものがあります。中古のオリジナル盤を探すのももちろん楽しいのですが、新品の封を開けるあの感覚には、なにものにも代えがたい魅力がありますよね」
――2枚目は、10月にリリースされたダン・ペンの新作『Living On Mercy』です。
長門「彼はもう80歳近く(79歳)でね。これは26年ぶりのスタジオ録音作で、まさか新作を出してくれるなんて思わなかった。まさに、パイドのお客さんのために作ってくれたような作品です。ジャケットからして変わっていないよね。〈トラックとオーバーオール〉の人だから(笑)」
塩谷「『Do Right Man』(94年)のジャケットと同じですね(笑)。その前作『Do Right Man』が出た当時も話題になって、ピーター・バラカンさんやいろいろなミュージシャンも推していました。幅広い世代に影響を与えているミュージシャンだと思います」
長門「ソウルからポップ・ロック、カントリー系まで幅広いアーティストたちに歌われている名ソングライター、名プロデューサーでね。この新譜が出るタイミングで、エースのソングライター・シリーズのコンピ『Happy Times: The Songs Of Dan Penn & Spooner Oldham Vol. 2』も出たし」
塩谷「長門さん、他に推している最近のリリースは?」
長門「今年はディオンの『Blues With Friends』に尽きるね。いちばん好きなシンガーだし」
――豪華なゲストが参加している話題作ですよね。
長門「ディオンはブルースのアルバムをたくさん出しているけど、全曲彼のオリジナルのこの新作は、ブルースだけでなく、フォーク、ゴスペル、ロカビリーなど、味わい深い歌と演奏を聴かせてくれる。ジェフ・ベックやブルース・スプリングスティーン、ポール・サイモン、ロリー・ブロック、ビリー・ギボンズのような彼を慕うゲストがたくさん参加しているんだ。
これをきっかけに聴く人が増えるとうれしいね。初期のホワイト・ドゥーワップやロックンロールからシンガー・ソングライター時代、ブルース・アルバムまで、ぜひ聴いてほしいな。最近、クリスマスの新曲も出したし。
ディオンは60年代のNYでベルモンツと一緒にドゥーワップをやっていて、60年代後期に“Abrahama, Martin And John”(68年)を大ヒットさせたあとにSSW調のアルバムを出していて、ワーナーの『レイト・サマー組曲(Suite For Late Summer)』(72年)は無人島に持っていく10枚に必ず入れる大好きな1枚」
――ディオンも81歳の大ヴェテランですね。
長門「実は僕、ディオンにNYでばったり会ったことがあるんだ」
塩谷「へ~!」
長門「『ウッドストック・ホリデイズ』(93年)というクリスマス・アルバムを作るためにNYに行って、朝ホテルでTVを観ていたらディオンがゲストで出ていたの。〈今晩コパカバーナでライブをやる〉っていうんだけど、ウッドストックに行かなきゃいけないから観られなくて残念だなと思って。
そのあと、近所の靴屋さんで買い物をしてドアを開けて店から出たら、目の前をディオンが歩いていた。〈わっ!〉と思って話しかけて、これからウッドストックでジョン・セバスチャンたちとレコードを作るからコパカバーナのライブを観られないと言ったら、〈ジョン・セバスチャンとは仲良くて、昔グリニッジ・ヴィレッジでよくつるんでいたよ〉って。ローラ・ニーロを日本に呼ぼうと思っていると言うと、〈60年代後半に彼女が登場したときは自分も含め、みんなその才能に驚いたよ〉と彼女を絶賛していた。そんな奇跡みたいなことがほかにもいっぱいある。この話も『パイドパイパー・デイズ』に書いたつもりが、書いていなかったな」
熱意ある若者が再発した2枚のレコード
塩谷「いま、パイドはサイ・ティモンズ『The World’s Greatest Unknown』『Heaven’s Gate』の2枚も推していますよね」
――「レコード・コレクターズ」2020年12月号で、長門さんはこの再発を手掛けたBright Size Recordsの池内嵩さんにインタビューしています。情熱にあふれた、すごい方ですね。
長門「そう。サイ・ティモンズの音楽も素晴らしかったけど、僕がこれを推そうと思ったのは、その池内くんの熱意に感心したから。28歳という若さで、音楽業界で働いているわけでもないのにレーベルを立ち上げて、わざわざ本人に会いに行って再発を持ちかけた。そんな情熱を持っている人がいるんだって。僕も長年同じようなことをやってきたから、うれしくてね。その再発の苦労を伝えたくてインタビューしたんだ。
アビー・ロード・スタジオでマスタリングとカッティングをするとか、音やアートワークにもこだわっていて、一切手を抜かない。再発仕事の鑑だよね」
塩谷「小西康陽さんなど、Bright Size Recordsのサイトにコメントを寄せている方々も、池内さんの姿勢に共感しているのでしょうね」
長門「面識のないヴァン・ダイクに音源を送って推薦コメントを頼んだという、その行動力もすごいよね。今年、僕はコロナのせいでいろいろな企画が進められなくなって、〈なにもできない〉と諦めている人も多いだろうけど、池内くんみたいに情熱を持って行動すれば、これだけのことができるんだよね。こういう人がいろいろなジャンルで出てくるといいなと思う」
塩谷「今年、明るい気持ちにさせてくれるリリースだったと思います」
――パイドとしては、2020年は豊作だったということですね。
長門「そんなに数は多くないけど、ヴァン・ダイクやドクター・ジョンの再発、ダン・ペンとディオンの新譜が出たしね。レコード屋をやっていてよかったなあと思った」