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若い世代を反応させるには良い音、そしてビート

――例えば、ドイツのECMがアメリカや北欧のアーティストをリリースすることでレーベルとして独自のアイデンティティーを確立すると共に、音楽自体もアーティストの本国とはまた違った新鮮な聴かれ方をするようになりました。日本のシティ・ポップや環境音楽も近年、海外で紹介されて評価を新たにしています。ギアボックスがUK以外のアーティストやジャズ以外の音楽をリリースすることには、そういった新たな発見や評価への期待もあるのでしょうか?

「イエス。異なるオーディエンスに向けて紹介することが非常に重要で、なおかつ、きちんと録音されたものを高品質で提供すれば、楽しんでくれる人はいる。すぐさま購入には結びつかないかもしれないが、良い形で知ってもらって、楽しいと感じてもらうきっかけにはなる。扉が開くということだね。高品質にこだわる理由はそこなんだ。良い形で提供すれば、知らないジャンルの音楽の良さに気づいて楽しんでもらえる可能性は高くなる。もちろん、その先には新たなオーディエンスを意識した音楽作りという可能性がアーティスト側にも開けるわけで、そこに僕らの役割がある」

――品質に見合ったリスニング環境を整えている若い世代は少なくて、聴き方としては簡易的です。それでも、レコードの人気は高く、ギアボックスもフィジカル・リリースにこだわっていますよね。

「確かに。とはいえ、僕らも時流に合わせなければならないので、現状伸びているマーケットだから、リリースするものはすべて配信もするし、タイトルによってハイレゾでのリリースもしている。さらには、要望があれば昔ながらのオープンリールのテープも販売しているんだ。これが面白いことに、ある程度商売になっているんだから不思議なものだよね。

僕らのマスタリングは、あらゆるリスナーを想定して行なっているので、クォリティーは決してエリート主義の追求ではなく、むしろ包括主義なんだ。つまり、僕らが録音、マスタリングした音は、最高のシステムで聴かずとも良い音で鳴る。もちろん、高級なシステムで聴いた方が良い音で鳴るのは間違いないが、手持ちのシステムで聴いてもらっても僕らのリリースは他の音源よりも良い音がするはずだよ」

――これも品質の話になると思いますが、ギアボックスはライナーノーツが充実していますね。音楽を聴くだけでなく、背景も伝えたいという姿勢を感じます。配信だとなかなかそこまで興味が向かない人も多いかもしれませんが、大切な配慮だと思います。

「そう、何かしらのライナーノーツや情報は必ず付けることにしている。それくらい重要度が高い。その延長線上で、僕はUKではラジオ番組を持っていて、Soho Radioという、その名の通りロンドンのソーホーにある局で1か月に1回やっているんだ。僕の番組の特徴としては、音楽に被せて喋ることは絶対にしない。曲は最後の最後まできっちり流したあとで、演奏者の名前、背景、どこのレーベルから出ているかなどを語る。極めて古風なことをやっているんだよ。番組名は『GearboxKissaten』っていうんだ。まさにジャズ喫茶のノリだから(笑)」

「GearboxKissaten」の2020年11月の放送

――曲の冒頭30秒ほどで判断する若者たちにじっくり音楽を聴いてもらうのはなかなか難しいですよね。

「そこは、悩ましいところだよ。しかし、さっきから言っている品質重視、良いものを良い形で届けることの重要さはここでも問われてくる。興味深いのは、家でレコードを聴いているところに息子たちがいると、音質の良いものであれば彼らはいつもより集中して音楽に耳を傾けているのがわかる。良い音で聴くというのは間違いなく最初のステップだ。

次のステップは、何かしらのビートをきっかけにするということ。リズムという概念が、若い世代には非常に重要だ。人は年齢を重ねるに従ってクラシカルな音楽を楽しめるようになったり、音的にも繊細なものを好むようになったりする、というのは誰もが気がつくところだと思う。そこにビートは無いわけではない。けれども薄らとしたものだよね。若い連中はもっとはっきりとしたビートを好む。ダンスに繋がるようなね」

――あなたが若いアーティストをプロデュースする時にも、それは意識してますか?

「いや、特にしてはいない。意識してやると、いささかワザとらしいものになりそうでね。ただ、これは気づいたことなんだが、アメリカーナはいまやほとんどロックだね。ビートが増している。ジャズも同じで、ロンドンのシーンで人気を得ているものや、いまスコットランドで盛り上がりを見せているものも、すべてリズムが強く、ドラムのビートで引っ張るタイプ。そしてサウンドはヒップホップが少し入っている。とにかく、ビートに負うところが非常に大きい。ジャイルス・ピーターソンのブラウンズウッドもいま出しているものの多くはビート主導の音楽で、オーディエンスも若い。これは大きな要因だと思っている」