未知の領域へのチャレンジ

 バンドの中核メンバーとなる5人は皆、ラカイと個人的に繋がりがあり、ライヴに参加したプレイヤーもいる。ただ、いかにもなバンド・サウンドにはならず、必要な部分でバンド(楽器)の音が鳴っている印象だ。

 「ドラマーのジム・マクレイはエレクトロニック・ミュージックが大好きな人で、僕の音楽にそうした面をもたらしてくれる。ギタリストのイムラーン・ペルカーはヘヴィーメタル好き、ベーシストのジョナサン・ハーヴェイはジャズ畑の凄腕、パーカッション奏者のアーネスト・マリチャルスはラテンやアフリカ音楽を演奏する(もう1人は鍵盤奏者のクリス・ハイソン)。そんな多彩な顔ぶれによって、ハッピーでポップな曲からレディオヘッドっぽいダークな響きの曲まで、さまざまな場所を巡る旅のようなミクスチャー感覚のあるアルバムになったんだ」。

 むろん、そうした多面性はラカイ自身にもあり、それは選曲したコンピ『Late Night Tales』やダン・カイ名義でのディープ・ハウス系アルバム『Small Moments』などからも感じ取ることができた。ただ、彼の音楽は、『Blue Note Re:Imagined』(2020年)に提供したドナルド・バード“Wind Parade”のカヴァーがしっくりきたように、70年代の音楽をベースにしている印象が強い。ところが今回、アップテンポの“Illusion”や“Send My Love”などには80年代的なポップネスが感じられる。

 「まさに。“Illusion”は犬の散歩中に音楽を聴いていたらポリスの“Every Little Thing She Does Is Magic”が流れてきて、自分もこういう楽しいコーラスをやりたいなと思って携帯にメロディーを録音して、曲に反映させた。ポリスに影響された曲にしたかったし、ヴォーカル面では明らかにスティングの影響を受けた。これまでメロディー面での影響は主に70年代の音楽やモダンなR&Bだったけど、新作に関しては80年代にインスパイアされた。特に“Illusion”のヴァースには、メロディー面でこれまで僕がやってきたこととはかなり違う要素が含まれている。ヴォーカル面でも、声域もいちばん低いところからいちばん高いところまで駆使したし、叫び声から柔らかな歌声までやった」。

 こうして趣を変えたのは、ロックダウン中に家の中でふざけて歌っていたら夫人に〈メロディーの部分でもっと冒険すべきだし、未知の領域に乗り出して、聴き手にも新たな体験をさせるべき〉と言われたことが発端だったという。とはいえ、裏声を交えたヴォーカル/ハーモニーの美しさは相変わらずで、アンビエンスを湛えたネオ・ソウル的な楽曲は、かねてより感じられたルイス・テイラーに共通するムードを発している。

 「ルイス・テイラーはとてもいい比較対象だと思う。彼はグルーヴを基盤とするソウル・ミュージックをやっていたけど、エレクトロニックやサイケデリック、時にはロックからの影響も含めていた。そこは自分と同じだ。僕はマーヴィン・ゲイもスティーヴィー・ワンダーも聴くけど、同時にフローティング・ポインツやジョン・ホプキンス、フランク・ザッパやピンク・フロイドも聴く。今回のアルバムにも、それらの影響が奇妙な形で混在しているんだ」。

2020年のコンピ『Blue Note Re:imagined 2020』(Blue Note)