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Photo by Miyu Terasawa
 

あらゆるアートは時代から逃れられない

――今回〈2021 Optimized Re-Master〉を聴かせてもらった感想は、予想したよりも音が変わってるなと。

「ああ! そうですか」

――パッと聴いて違うとわかるぐらいの大きな変化でした。

「〈これは『LOVEBEAT』じゃない〉って人もいますね(笑)。その気持ちもわかる」

――全体に音が太くなって厚みが出て、温かみも感じられるようになった。

「はい、そうですね」

――〈Optimized Re-Master〉を聴いたあとにオリジナルを聴くと、繊細でちょっと線が細くて、ある意味で神経質に聴こえる。

「はいはいはい」

――その変化が、時代の刻印ということでしょうか。

「そうそう、そういうことですね。ある時代でやってるってことは、そこから逃れられないってことになるんだと思います。いまや音楽の形はある程度出尽くしていてそんなに新しいものは出てこないんですが、音像だけは更新されてると思うんです。たとえば……(ステレオ空間に於ける)楽器の配置の仕方とか、左右の広がり方とか、音の反応のスピードとか、最近は立体音響的なものも出てきてますけど、音像は昔の音楽ジャンルのようにどんどん更新され続けてる感じがある。更新されているなかで、自分も考えてなかったようなことが起きたりしていて。だから自分の好みもまた更新され続けています」

――ご自身の音像の好みはどう変わってきました?

「すごく抽象的なので言いにくいんですけど……」

――今回の〈Optimized Re-Master〉がいまの砂原さんの好みだということですかね。

「そうですね。ただ今回の音に納得はしてるんですけど、満足はしてないんです。当時録った音のマルチが元なんで。当時は録音のレートは16bit/44.1kHzだったんですけど、レートだけじゃなくソフトウェアやハードウェアのクォリティーも低かったし、まだデジタルが始まったばかりの時期で技術革新の蓄積もそんなになかったので、あまり良い音じゃなかったんですよ。それをミックスして作ってるんで、自ずと限界はある。

だから音を差し替えたいなという気持ちも出てきちゃうんです。やんなかったけど。ミックスとマスタリングだけをきちっとやれば必ず音が良くなるってわけじゃなくて、ほんとに音を良くしようと思ったらソングライティングから始まりますからね。どこにキーを設定して、コードをどうするか、音色をどうするか、全部が関係あるから」

――ソングライティングとはメロディーや歌詞を作ることだけではないと。でもそのへんは最初から神経遣ってやってたわけでしょ?

「そうですね。でも機材やソフトウェアの限界があったから。コンピューター・レコーディングにしたはいいけど、〈これだったらスタジオのヨンパチのほうが全然音いいな〉と思ってました。当時のLogic(macOS用の音楽制作ソフト)のクォリティーでは全然太刀打ちできなかった。そこがいちばん大事なのに」

※PCM-3348。90年代までレコーディング・スタジオの事実上のデファクト・スタンダードだったソニー製のデジタル・マルチトラック・レコーダー
 

――砂原さんがアルバムをなかなか出さないのは、それも理由としてあるんですか? 『LOVEBEAT』のあとは2011年の『liminal』しか出してないし。

「あっ、それはあると思います。ゼロじゃないです。『LOVEBEAT』を出したあとは、〈この音質で一生やってくのかな、もしこれだけでやっていかなきゃいけないなら、このまま(音楽を)辞めちゃうかも〉とすら思ってましたから。でもそれが2006~2007年ぐらいにLogicのアップデートでver.5からver.6になったときに〈あれっ〉と思ったんですよ。これだったらイケるかも、と。

それが『ノーボーイズ,ノークライ』のサントラ(2009年)を作る直前で、あそこからですね。使えるかも、と思いはじめたのは。あとその時代に16bit/44.1kHzから24bit/48kHzにみんなどんどん移行していって、ハードウェアもソフトウェアもそれに対応していったタイミングだったんです」

2009年作『No Boys, No Cry Original Sound Track Produced By Yoshinori Sunahara』
 

――仮にいまの時代に『LOVEBEAT』を一から作るとすれば、2001年のオリジナル版よりは、今回の〈Optimized Re-master〉に近いものになる。

「そうですね。ただ今回シンセのパラメータは触ってなくて、音色は作り直していないので。それをやったらもっと変わると思います。もっと変わるし、もっといまの時代感に近づく。10年後20年後に聴いた時に、2021年に作ったなって思えるような音に」

 

リスナーの聴取環境をふまえた〈最適化〉

――今回リミックスはやってますが、新しく音を録り直すことはしてないんですよね。

「リミックスにあたってマルチを触ってるときに、あれこの音がないぞ、とか、これはCDになってる音とちょっと違う、みたいなことは結構あって。それはどういうことかというと、オリジナル『LOVEBEAT』の2chマスターを作るときに、シンセとマルチトラックの音を両方一緒に鳴らしてるんですね。たとえばシーケンスの〈ランダム〉って機能を使って、2chマスターを録るじゃないですか。でも保存用にマルチレコーダーで録ると、ランダムだから2回目は同じにはならない。なので、音が違ってきちゃう。

あと単純に保存するのを忘れていた音もあって。外部のレコーディング・スタジオならほかにスタッフが何人かいて、アシスタントの人が〈これ録れてないです〉って指摘してくれるけど、これはほとんど一人だけでやってるので、忘れることもあるんです」

――要するにマルチトラックには残ってないけど、ミックスしたあとの2チャンネルのマスター音源には残っている音がある、ということですか。

「そういうことです。じゃあどうするかというと、シーケンス・データと音色データをひたすら探すわけです。そうすると結局全部あった。同じシンセもあるから、もう一度同じ音色を呼び出して同じシーケンスで鳴らせば、当時と同じ音が出る。それをもう一回録って……という作業はやりました。ただ新しい音を入れたり足したり差し替えたり、ということはやってないです。途中でやっちゃおうかな、と思ったんですけど、それやると違うと思って」

――あくまでもデータ上抜け落ちてた音を、もう一度同じように再生して補完したと。

「そうです。そういうことです」

――ほかにリミックスで注意したことは?

「オリジナルの『LOVEBEAT』って、そこそこのオーディオ・システムでないと思い通りに鳴ってくれないんです。でもいまは、スマホとかBluetoothのスピーカーで聴く人の割合が圧倒的に増えたと思うんですね。だからそういう小さいスピーカーで聴いたときに、それなりにちゃんと鳴ってくれるかどうか。そこを重視してやりましたね。それなりにたくさんの人が聴くわけですから、その聴取環境に合わせるようにした。それが〈最適化〉というものかなと」

――なるほど。いずれにしろいまの砂原さんの気分では、オリジナルよりも、さまざまなアップデートを施した〈Optimized Re-Master〉を聴いてほしいということですね。

「そうですね。これから先々残していくんだったら、こっちをオリジナルとして考えてほしいという」

2009年のライブ映像

 

次のソロ・アルバムが出るのは?

――今回アナログ盤も出しますよね。砂原さんも言うようにアナログの音はデジタルに比べ曖昧だし、それにアナログ盤は10回も聴くと針で盤が削れて音が変わってしまう。そういう意味でアナログ一般に関してわりと懐疑的だったと思うんですが……。

「はい、そうですね」

――でも今回アナログ盤を出すことにした、その理由は?

「そういうリクエストがあったからっていう(笑)。あとは……たとえば真空管的な音の柔らかさとか、そういうものを好きな人は今でもいて、(アナログ盤を)突き詰めてやってる人のDJとかを聴くと、やっぱりいいんですよ。自分がそれをやるかって言ったらやらないですけど、でもいい。デジタルのセオリーとは違いますけど、人がそれを好きっていうなら、出そうかと。自分がすごくアナログ好きだからアナログを出したい、というのとは違いますね。

あとはね、最近はカッティングの技術がめちゃ上がってますね。細野さんの『MEDICINE COMPILATION』のリマスター(2020年)をやったときにアナログを聴いたら、めっちゃくちゃ音が良くて、これより音のいいアナログは聴いたことないってぐらい。やっぱりずっと続けていけばアナログも進化していくんだなって思いますね」

――今回、アナログとCDはマスタリング違うんですか。

「ほぼ一緒です。一部、ちょっとだけ違います」

――両方聴かせてもらったんですが、CDで感じた今回の音の変化と、アナログ盤の音の傾向はすごくマッチしてる気がしました。音が太くて厚くて温かみがあって、という〈Optimized Re-master〉の方向性が、アナログ盤だとなお際立つ、という感じもありました。そこらへんは意識しました?

「うーんとね、そんなに意識してないかも。アナログのマスタリングって、自分がマスタリングしたところからカッティング・エンジニアが音をいじるわけで、そのカッティング・エンジニア次第ってところもあるんで。今回のアナログは緑のカラー・ヴィニールなんですけど色がほんとにキレイで、それだけで出せて良かったなあっていう。音質云々より物体として執着がありますね、僕は(笑)」

――なるほど。ところで『liminal』の次のアルバムはどうなってるんですか?

「え? あー(笑)。いつも作りたいとは思ってるんですけど……って言うしかないんですけど(笑)」

――私も毎度同じことを訊くしかないという(笑)。

「去年はMETAFIVEをやってましたけど、今年は……」

――ソロ・アルバムを?

「やろう……やる……やったほうがいいですよね、やっぱり(笑)」

2011年作『liminal』