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Photo by Nwaka Okparaeke

そして彼女は〈最初のリトル・シムズ〉になった。ヒップホップ × ソウルの系譜へ安易に回収されないサウンド・プロダクション
by TOMC

ロンドン出身のMC、リトル・シムズがニュー・アルバム『Sometimes I Might Be Introvert』をリリースした。今作への理解を深める上で、まずイギリスのラップ・シーンがアメリカのそれといかに異なる発展を遂げてきたかについて触れておきたい。

イギリスでは、1950〜70年代にかけてジャマイカ由来のレゲエ、ダブやトースティングの影響を受けてシーンの土台が作られた。その後、国内でダブから派生した様々なクラブ/ベース・ミュージック(トリップ・ホップ、UKガラージ等)が花開き、シーンはこれと並走する形で今なお成長を続けている。

そうした諸ジャンル、および同じくダブと密接な関係にあるポスト・パンクの影響が息づく前作『GREY Area』(20'19年)はイギリスならではの名盤であり、ある意味での〈王道〉、総決算的作品だったとも言えよう。今作で彼女はその型を脱ぎ捨て、ラップ市場のトレンドとは言えないソウル/R&B的なサウンドを全面に纏う〈攻めた〉道を選び、結果的に批評/チャートの双方で成功を納めるに至った。

ソウル/R&Bのテイストは、シックな印象のアートワークも相まって、今作の印象を決定づけるインパクトがある。管弦楽器やコーラスが織りなすアレンジは70年代の同ジャンルさながらであり、“Two Worlds Apart”では実際にスモーキー・ロビンソン『A Quiet Storm』(75年)の収録曲がサンプリングされている。ジャンルとしてのクワイエット・ストームほどでは無いにしても、前作で顕著だったポスト・パンク的な攻撃性は抑えられ、総じて静謐な印象を受ける。

『Sometimes I Might Be Introvert』収録曲“Two Worlds Apart”。スモーキー・ロビンソンの75年作『A Quiet Storm』収録曲“The Agony And The Ecstasy”をサンプリング

こうしたサウンドのもとで家族間の軋轢、人種差別、若者の暴力といったシリアスな題材や自己省察を扱った今作は、一見するとローリン・ヒル『The Miseducation Of Lauryn Hill』(98年)やディアンジェロ『Voodoo』(2000年)などヒップホップ × ソウル/R&Bの傑作群の系譜に連ねたくなるが、私は安易にそうすべきではないと考える。今作は、前作に続き全曲のプロデュースを担ったインフロー(Inflo)の貢献を抜きには語れない、アメリカのラップ・ミュージックとは大きく異なるサウンド・デザインを持つ作品だからだ。

インフローが率いるバンド、ソー(SAULT)は2020年の諸作がブラック・ライヴズ・マター運動と共振したイメージが強いためか、現在はソウル/ファンク的な側面が広く知られていると思われる。だが、2019年頃にはESGなど、ファンクの要素を持つポスト・パンク・バンドに準えて語られることも多かった。

ソーの2019年作『7』収録曲“Friends”

『Nine』(2021年)に到るまで、ソーの楽曲はファンクやロックに近い100-130 BPMのテンポが多く採用されている。加えて、ミックスがドラムやベースに偏重せず、ウワモノのギターや鍵盤、コーラス等がリズム隊と有機的に絡み合うサウンドは、現行のアメリカのソウル/R&B方面ではほぼ見られないものだ。個人的にはヒップホップ前史からソウル/R&Bを再構築しているような新しさを感じる。

今作の多くの楽曲は100 BPM未満ながら、ウワモノのアンサンブルを活かすミキシングは全編徹底され、現在ラップ市場で主流のヴォーカルとビートを最前面に出す造りとは一線を画している。

そして“Introvert”に顕著な、情報量の多い〈音空間〉自体に聴き手を没入させる手法はアレンジの表層的な印象以上に、ダニー・ハサウェイやマーヴィン・ゲイのようなニュー・ソウル勢を彷彿とさせる。また、ソーでも見られるモノローグ主体のリズムが薄いトラックは上記の〈音空間〉とのシナジーが高く、中盤に差し掛かる7曲目に置かれた“Gems”は作品に奥行きをもたらす隠れた重要曲に思える。こうした観点では、モーゼス・サムニー『græ』(2019年)も手掛けたベン・バプティ(Ben Baptie)らエンジニアの貢献にも光を当てるべきだろう。

『Sometimes I Might Be Introvert』収録曲“Introvert”“Gems”

ヒップホップ前史からソウル/R&Bを再構築するようなサウンド・デザインに、彼女はラップ・ミュージックを改めて接続した。この点で今作は確実に新しいものであり、ローリン・ヒルやディアンジェロ以来の歴史とは別の地平に立った作品だと私は考える。

しかも、このサウンド・デザインは〈アイデアの赴くままに音を足していった〉結果の産物であり、狙って生み出されたものではないというのがまた面白い。次作でも予想外の着地を見せる可能性があると思うとワクワクさせられる。

EP『Drop 6』(2020年)の中で〈90年代のローリン・ヒル以来、私のような人は見たことがないでしょう〉とセルフ・ボーストしていた彼女は〈次代のローリン・ヒル〉でなく〈最初のリトル・シムズ〉になった。今作はそのキャリアのほんの序章に過ぎないはずだ。

 


RELEASE INFORMATION

LITTLE SIMZ 『Sometimes I Might Be Introvert』 Age 101/BEAT(2021)

リリース日:2021年9月3日
配信リンク:https://fanlink.to/littlesimzsimbi

■国内盤CD
品番:BRC-674
価格:2,420円(税込)
歌詞対訳・解説封入

■輸入盤CD
品番:AGE101002CD
価格:2,490円(税込)

■限定盤LP(クリア・レッド&クリア・イエロー・ヴァイナル)
品番:AGE101002LPI
価格:3,490円(税込)

■輸入盤LP(ミルキー・クリア・ヴァイナル)
品番:AGE101002LP
価格:3,490円(税込)

TRACKLIST
1. Introvert
2. Woman (Feat. Cleo Sol)
3. Two Worlds Apart
4. I Love You I Hate You
5. Little Q Pt. 1
6. Little Q Pt. 2
7. Gems
8. Speed
9. Standing Ovation
10. I See You
11. The Rapper That Came To Tea
12. Rollin Stone
13. Protect My Energy
14. Never Make Promises
15. Point And Kill (Feat. Obongjayar)
16. Fear No Man
17. The Garden Interlude
18. How Did You Get Here
19. Miss Understood