カメラマン/音楽ライターとしてロックヒストリーにその名を残すクボケンこと久保憲司さんの連載〈クボケンの配信動画 千夜一夜〉。Netflixなど動画配信サービスが普及した現在、寝る間を惜しんで映画やドラマを楽しんでいるというクボケンさんが、オススメ作品を解説してくれます。
今回採り上げるのは、Apple TV+オリジナル作品として配信されているドラマシリーズ「テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく」。アメフトのコーチであるアメリカ人の主人公テッド・ラッソが、どういうわけかイギリスのプロサッカーチームの監督に就任。チーム再建のために奮闘する姿を描いたフットボールコメディーです。先日、シーズン2がフィナーレを迎えた同作は、今年のエミー賞でコメディー作品賞を受賞。世界中の視聴者から愛されています。クボケンさんは同作をどう観たのでしょうか。 *Mikiki編集部
悪い奴ってそんなにいないよなと思わせてくれる人情コメディー
コンピューターのことは弱いのに、なぜかAppleを崇拝している久保憲司です。
というわけじゃないんですが、AppleTV+制作のコメディー「テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく」がおもしろいです。友達に〈おもしろいよ〉と教えてもらったときは、アメリカ人にフットボールのリアルさ、ヤバさがわかるのか、きっとNetflixの「エミリー、パリへ行く」(2020年)みたいなアメリカ人が憧れのパリに行って、そのカルチャーギャップを笑いにするようなコメディーだろうと思ったのですが、観てびっくり。前に紹介したリッキー・ジャーヴェイスの「アフター・ライフ」(2019年~)のような人間の複雑さを笑いにした人情コメディーでした。
エモくって、泣けてしまいます。
日本だと、寅さん、三丁目の夕日みたいな感じでしょうか。いま日本でこの手の涙と笑いのコメディーシリーズがないのが、残念です。あっ、クドカンがいましたね。このドラマにいちばん近いのは「俺の家の話」(2021年)のような気がします。
フットボールやイギリスに興味がなくっても絶対観てもらいたい。いいエピソード満載なんです。
悪い人が一人も出てこない。こういうドラマって、性格が悪い奴がいて、それで物語が転がっていくというのが定番だと思うのですが、そういうのがいっさいない。はじめに悪い奴かなと思わせた人もいい奴になっていく、はじめはいい奴が徐々にダークサイドへと落ちていくけど、やっぱりいい奴に戻る。このドラマの舞台リッチモンドに僕も住みたいという気持ちになるのです。
こんな設定はファンタジーなのかもしれません。会社、学校、近所など、どんなところにも酷い奴が一人いて、それで人生全部が狂っていくこともあるのかもしれません。でもよく考えると、本当の人生って、そんなに悪い奴はいないのかなという気もします。
いまはネット時代で、ネットの世界だとなんか悪い奴、胡散臭い奴ばっかりだから、疲れているのかもしれませんね。そういう疲れた気持ちを絶対癒してくれるのが、このコメディーなのです。
マムフォード&サンズのマーカスによる音楽の味付け
確かにこのドラマ、アメリカ人が考えるイギリスというファンタジーなんだと思います。プレミアリーグのフットボールチームの監督にアメリカンフットボールの監督がなるわけないです。しかもスター選手たちがこんなに気さくなのかなと。でもプロ野球漫画の傑作「あぶさん」(73~2014年)にもスターたちのいい話がいっぱいあったよなと思い出したりしてました。音楽の世界だとスターはあまりいい感じで描かれず「スパイナル・タップ」(84年)的なバカにして終わる感じでしか描けないのが悔しいです。ロックはフットボールに負けてしまうんですよね。
でも「テッド・ラッソ」にいい味付けをしているのは音楽なんです。これでデヴィッド・ボウイの“Diamond Dogs”(74年)の意味がちゃんとわかりました。あれってキラキラした負け犬っていう意味だったんだなと。音楽を担当しているのはマムフォード&サンズのマーカス・マムフォード。選曲しているのはトム・ハウって人かもしれませんが。音楽ファンも満足させる作品だと思います。
僕が好きな小ネタは〈イギリスのフクロウはなんて鳴くって思う?〉〈(ザ・)フー、(ザ・)フー〉。
すいません、いちばんしょうもないネタを紹介してしまいました。
音楽ファン、フットボールファン、英国ファンを満足させてくれる作品です。