カメラマン/音楽ライターとしてロック・ヒストリーにその名を残すクボケンこと久保憲司さんの連載〈クボケンの配信動画 千夜一夜〉。Netflixなど動画配信サーヴィスが普及した現在、寝る間を惜しんで映画やドラマを楽しんでいるというクボケンさんが、オススメ作品を解説してくれます。
今回採り上げるのは、Netflix制作の「大坂なおみ」。ごぞんじテニス・プレイヤーの大坂なおみさんが、自らのルーツと多面的なアイデンティティーに向き合う姿を追った全3回のドキュメンタリーです。作品を通して見えてくる〈大坂なおみ像〉にクボケンさんが迫ります。 *Mikiki編集部
トップ・アスリートはアーティストより孤独
大坂なおみさんが使っているMaster & Dynamicのヘッドホンが欲しい久保憲司です。
いまはA BATHIN APEとコラボしたものもありますが、元々はヴィンテージの航空用ヘッドセットをイメージして作られていて、しかも銀色で統一されていて、かっこよかったんです。でもけっこう高いんです。ラッパーの彼氏、コーデイが〈これ音いいよ〉って推薦したんですかね?
ドキュメンタリー「大坂なおみ」を観てると、彼女が自分で選んだような気もします。
なおみさんの人気って、トップ・アスリートなのに、普通のいまどきの女性な感じで、しかも趣味がいい、というところにあると思うのです。
そういう彼女の魅力がよくわかるんですけど、映像が暗いす。スピルバーグが大好きな銀残しという手法で画像処理されていて(カラーで古い感じを出すときに使われるテクニックです。かっこいいんですけどね)、スピルバーグの映画を観ているときのようにハラハラしました。
試合に負けた日は眠れなくって〈危ないけど〉と言いながらも夜の街で一人自撮りするなおみさん。観ていて胸が締めつけられます。
トップ・アスリートはアーティストより孤独なのだということがよくわかりました。家族、恋人、コーチー、マネジャー、どんな身近な人でも最終的には助けてあげられないのです。コーチが〈最後は結局のところ本人次第なのだ〉と冷酷に答えてました。
レディ・ガガのドキュメンタリーを観たときは〈お前愚痴いいすぎやろ〉とちょっとイラっとしたんですけど、なおみさんは一人孤独に耐えてます。
彼女が何を話せるか、僕たちは何を訊けるのか
〈全仏オープン〉で試合後の記者会見をしないということが大波紋を呼んでいますが、この作品を観たらそれも納得します。〈自分しか頼るものがないのに、いったい私はあそこで何を話したらいいのか〉と思う気持ちが痛いようにわかりました。試合前も、宣伝のための記者会見の前も、あのヘッドホンで全ての世界から自分を切り離している彼女に、僕たちはいったい何を訊くことがあるのでしょう。
東京オリンピックでは聖火台に火をつける役目を担い、選手の中で一人だけマスクをつけずにカメラを見据えたその姿はシバの女王というか、クレオパトラというか、世界の代表のように美しかった。そんな彼女は、絶対金メダルを獲ると思ってたのですが……。
でも、この作品を観たら彼女が金メダルを獲れなかったのもなんとなくわかるんですよね。
トップに立った後、目標を失ったかのように不振になった彼女が、ブラック・ライヴズ・マターに共感し、立ち上がり、〈全米オープン〉では、周りから避難されながらも、亡くなった人たちの名前が書かれたマスクをし続け、勝ち抜き、チャンピオンになりました。
ダサい言い方になってしまいますが、彼女は意味のあることしかしたくないんだと思います。このコロナ禍で半数以上の人が開催に反対していた東京オリンピックで金メダルを獲ることは、彼女にとって意味のないことになっていたのかもしれません。
〈そんなアスリートあかんやろ〉と言われればそれまでかもしれませんが、それが彼女の偉大さと魅力のような気がするのです。