カメラマン/音楽ライターとしてロック・ヒストリーにその名を残すクボケンこと久保憲司さんの連載〈クボケンの配信動画 千夜一夜〉。Netflixなど動画配信サーヴィスが普及した現在、寝る間を惜しんで映画やドラマを楽しんでいるというクボケンさんが、オススメ作品を解説してくれます。
今回は、Netflixオリジナルの音楽ドキュメンタリー「ノトーリアス・B.I.G. -伝えたいこと-」を紹介。90年代半ばにスターへと昇りつめ、人気絶頂のなか97年に銃撃され亡くなったラッパー、ノトーリアスBIG(The Notorious B.I.G.)の生涯を振り返った作品です。この映画でビギーの温かさを知ったというクボケンさんが、エモい気持ちを綴ります。 *Mikiki編集部
ビギーの師匠はレゲエの叔父さん
前に書いたかもしれませんが、56歳になってもラップをしたい久保憲司です。どのスタイルでラップをすべきなのか悩んでおります。本当はミーゴスみたいな3連符のラップをしたいのですが、メダカ、メダカ、メダカ、メグロ、メグロ、メグロとかそんな言葉しか思い浮かばないです。ハンチョー※。やっぱりお手本となる師匠がいないとラッパーにはなれないんだなと感じております。
ノトーリアスBIG=ビギー・スモールズのドキュメンタリー「ノトーリアス・B.I.G. -伝えたいこと-」を観ると、ビギーのラップの師匠は、彼が子供の頃、毎年夏に帰っていた父親の故郷、ジャマイカでトースティング(レゲエでいうラップみたいなものですね)をしていた叔父さんだったということがわかる。叔父さん、現役じゃないんですが、このドキュメンタリーのためにわざわざ近所の子供たちを集めてパーティーを開き、トースティングを披露してくれています。完全に夏祭りの余興みたい、日本でいうと河内音頭です。
その次、彼の師匠になったのは地元NYはブルックリンのジャズ・ミュージシャン。ビギーのあのリズミカルなラップは、サックスを吹くかのように吐き出されていたんです。クリストファー・ウォレスがどうやってビギーになっていったかというのが、手にとるようにわかります。
ビギーと2パックの違いはギャングとの付き合い方
西海岸出身で、すでに売れていた2パックがわざわざまだ駆け出しのビギーの元を訪れていたのは、彼の不思議な歴史を吸収したかったからなんだろうなと思います。さすが勉強熱心な2パックです。本当に売人をやっていたビギーのストリート感にも憧れていたんだろうと思います。でもこの憧れが、2パックをよからぬ方向に連れていったんでしょう。ビギーは元売人だったから、ギャングと距離を置くことが正しいことだと思っていたのですが、2パックはギャングをコントロールできると思っていたのでは。この2人のギャングに関する考え方の違いがあの悲劇を生んだのだと僕は思っています。
このドキュメンタリーではその悲劇については本当にサラッとしか描かれておりません。そこがいいのかなと。やはりあの悲劇を語りだすと、それだけ軽く一本分の映画やシリーズ――「ビギー&トゥパック」(2002年)、Netflixのドラマ「Unsolved: 未解決ファイルを開いて」(2017年)などになるわけです。このドキュメンタリーはその反対なんです。ビギーが人間として、ラッパーとしてどれだけ温かったかということに焦点を当てているのです。