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ピーター・バラカン

ニディア・ゴンゴラの素朴な歌心が溶け出した新作

――では、新作『Almas Conectadas』はいかがでしたか。

「ニディア・ゴンゴラと作った前のアルバム(2017年の『Curao』)も良かったけど、今回もすごく良かったです。今回取材を受けるということでニディア・ゴンゴラについて調べたんだけど、彼女が参加しているカナロン・デ・ティンビキというグループもすごくいいね。

カナロン・デ・ティンビキの2016年作『Arrullando』収録曲“Arrullando”
 

ニディアはコロンビアの太平洋側の出身ですよね。クァンティックは(首都の)ボゴタにいたんだっけ?」

――一番長かったのはカリだと思います。太平洋側エリアへの玄関口みたいな場所です。

「そうですか。じゃあ、カリで出会ったのかな。今回のアルバムは今までとはちょっと違いますよね。ニディア色が多少強いというか、柔らかい感じで僕は好きでした」

『Almas Conectadas』収録曲“Balada Borracha”
 

――今回のアルバムはストリングズが今まで以上に入ってますよね。クァンティックはアレンジャーとしてデイヴィッド・アクセルロッドやアルトゥール・ヴェロカイから影響を受けていることを公言しているんですが、ストリングズの扱い方に彼らからの影響を感じました。DJとして作った作品というより、70年代のソウルやブラジル音楽から影響を受けたアレンジャーとしての作品という印象を受けました。

「なるほど。デイヴィッド・アクセルロッドの楽曲がこれまでサンプリングされてきたことはなんとなく知っているけど、あまり意識したことがなくて。僕はどんな音楽でも少人数編成のアンサンブルで、隙間の多い音楽のほうが好きで。編曲中心の音楽ってちょっと食わず嫌いなところがあるんですよね。でも、今回のクァンティックのアルバムは好きでした」

――では、新作の音を流しながらお話を伺いましょうか。

「(『Almas Conectadas』収録曲“El Chiclan”を聴きながら)これは今までのニディアの曲にはなかった感じがしますね、スロウサルサというか。これはこれですごく魅力的です」

『Almas Conectadas』収録曲“El Chiclan”
 

――ヴォーカリストとしてのニディアをどう捉えていますか?

「すごく素直な歌い方をする人ですよね。フォルクローレの素朴な雰囲気そのままというか、格好よく見せようとしていない。歌心があって、暖かい声で自然体。そういう感じがします」

――今までクァンティックと共演してきたアリス・ラッセルやスパンキー・ウィルソンとはまったく違うタイプの歌い手ですよね。

「そうですね。これだけ一緒にやってるわけだから、クァンティックはよほど惚れ込んでいるんだと思う」

 

初めて聴いたときから〈この人の感覚、好きだな〉と思った

――クァンティックはここ数年NYに住んでいて、参加ミュージシャンはニディアを除いてほとんどがNY在住のミュージシャンですよね。その意味でもNYラテンの匂いを感じました。

「確かにこの曲はそんな雰囲気がありますね。なぜクァンティックはNYに移ったんですか?」

――コンボ・バルバロやフラワリング・インフェルノ名義の作品を何作も作ったことで、本人のなかで区切りがついたみたいですね。あと、自分のスタジオを作りたかったようです。コロンビアでも自宅にスタジオを構えていたんですが、ヴィンテージ機材を集めてより充実したスタジオを作りたいと。その環境を追い求めるとNYになったようですね。

「なるほどね」

――今回の参加ミュージシャンもNY在住とはいえ、ドラムのカイート・サンチェスはパナマ人だし、ピアノとオルガンのリカルド・ガジョはコロンビア出身。パーカッションのメイア・ノイチはブラジルのバイーア出身で、セルジオ・メンデスの元で長年プレイしてきた人です。いろんな色合いが混ざり合っているのもNY的だと思うんですよね。

「確かにそうですね。僕もね、昔からジャンルがどうでもいい人間なんです。複数の要素が入っている音楽が好き。たとえば、ロックしか聴かないというリスナーがいれば、〈本当にロックだけでいいんですか?〉と思ってしまう(笑)。〈ブラジルの音楽しか聴きません〉という人がいれば、ブラジルの音楽は確かに素晴らしいけど、他にも素晴らしい音楽はたくさんありますよ、と言いたくなる。

ポップミュージックのメインストリームはいつの時代も12、13歳ぐらいの子供をターゲットにしたものが圧倒的に多いけど、それと同時に、音楽産業がまだ発達していなかった60年代、レコード会社は大手もインディーズも冒険心があった。おもしろいから出してみよう、と。僕はその時代に音楽を聴き始めたので、複数の要素が入っている冒険心ある音楽がいまだに好きなんですよ」

――クァンティックは40代後半ですが、60、70年代の音楽を一番愛していますよね。そのうえで冒険心というものを常に持っている。

「そうですね。DJは過去のものを掘り下げていくから、当然黄金時代がいつか意識しているんでしょうね。その時代の音楽に影響を受けていることは作品を聴いていてとてもよく伝わってきます。彼がやるレゲエも、まさに70年代のスタイルです」

――今までピーターさんはラジオを通してさまざまな曲をかけてきたわけですが、かけるうえでの判断基準みたいなものはあるんでしょうか。

「もちろん自分が好きか嫌いかが大きいわけだけど、わざとらしさのない音楽が好きです。音楽の原稿を書いていると口癖みたいにいつも使ってしまう表現があって、それが〈派手さのない~〉という表現なんです。派手さがなくて、抑制されたものが好きなんだと思います。クァンティックの今回のアルバムはまさにそういうタイプですね。

たとえば、70年代のサルサってトランペットが激しく鳴っているものも多いけど、クァンティックの曲はそういうところがありませんね。もっと抑制されている」

『Almas Conectadas』収録曲“Vuelve”
 

――確かにそうですね。クァンティックならではのラテン感というものがあると思います。

「サルサって都会的な音楽じゃないですか。そこにどこか牧歌的なニディアの歌が乗ることで、独特の魅力が出てくる。プロデューサーとしてこのバランスをやりたかったんでしょうね。すごく魅力的ですよ」

『Almas Conectadas』収録曲“Macumba De Marea”
 

――クァンティックとピーターさんの音楽の趣味ってすごく似ているような気がしてきました。派手さはないけど、複数の音楽的要素が入っていて、なおかつ上質な作品を好むという。音楽の話が合いそうです(笑)。

「僕もそう思います(笑)。だからこそ彼の作品を初めて聴いたときから〈この人の感覚、好きだな〉と思ったんですよ」