コラム

〈東京芸術祭2021〉から、演劇の概念を更新する変革者ミロ・ラウによる受難劇「The New Gospel – 新福音書 –」を紹介

Photo by Hannes Schmid

 東京の多彩で奥深い芸術文化を通して世界とつながることを目指し、毎年秋に東京・池袋エリアを中心に開催している都市型総合芸術祭〈東京芸術祭2021〉が、今年は9月1日から11月30日(火)まで開催しています。本芸術祭は、東京の芸術文化の魅力を分かり易く見せると同時に東京における芸術文化の創造力を高めることを目指しており、中長期的には社会課題の解決や人づくり、都市づくり、そしてグローバル化への対応を視野にいれて取り組んでいます。

 そんな〈東京芸術祭2021〉の数あるプログラムのなかから、現在配信中のプログラム「The New Gospel – 新福音書 –」をご紹介いたします。 *intoxicate編集部


 

The New Gospel – 新福音書 –
作・監督:ミロ・ラウ

 スイス出身のミロ・ラウは、いまヨーロッパで、もっともその動向が注目されている演劇人のひとり。いや、〈演劇人〉という括りは、その超アクティブな活動ぶりからすると、しっくりこない。むしろ、演劇というツールを使って社会の変革を目指す、活動家としての視点がひときわ目立つアーティストだ。

 内戦のさなかに取材を行いつつ、当事者たちによる模擬裁判を行った「コンゴ裁判」のような映画や、ベルギーで起きた少女監禁殺人事件を舞台上で再現しながら、国家の植民地責任の黒歴史にも踏み込んだ「Five Easy Pieces (5つのやさしい小品)」のような舞台など、ドキュメンタリー的な手法で取り上げる作品群のテーマは、いずれも現代社会が抱えるヴィヴィッド、かつ深刻な諸問題。2019年から20年にかけて撮影された「The New Gospel – 新福音書 –」では、キリストの受難劇にこと寄せて、アフリカからヨーロッパに逃れてきた難民・移民たちの置かれた劣悪な環境と労働搾取の現実を、BLM問題をも示唆しながら告発している。

 ラウが撮影のために訪れたのは、2019年の欧州文化首都(毎年EU加盟国の都市から選ばれ、一年間にわたって芸術文化に関する行事を開催する)となった、南イタリアのマテーラ。かつて「奇跡の丘」(ピエロ・パオロ・パゾリーニ監督)や「パッション」(メル・ギブソン監督)で、イエス・キリストが磔刑にされたゴルゴタの丘などのロケ地として使われたことで有名な場所だ。ラウは、カメルーン出身の活動家で、自らも南イタリアのトマト農場での労働体験を持つイヴァン・サニェをイエス役に、「奇跡の丘」でイエス役を演じたエンリケ・イラソキを洗礼者ヨハネ役、「パッション」で聖母マリア役を演じたマヤ・モルゲンステルンを同役で迎え、その他の役は主に、(パゾリーニ監督同様)一般市民の中から選んで、受難劇を成立させる。

 イエスの弟子たちを演じるのは、アフリカからの難民および移民たち。トマトやオレンジ収穫の労働力として酷使されながら、電気や水も止められたゲットーに住み、やがてそこも追われて行き場を失ってゆく人々だ。

 活動家サニェは彼らに、誰かが何かしてくれるのを待つのではなく、自ら闘うべきだと説き〈尊厳の反乱〉を主導するが、外からやって来て扇動する者として、時に反感や疑念の対象ともなる。

 マグダラのマリア役のブレッシング・アヤモンスルは、「ここに来てからずっと、人に手本にされる何者かになりたかった」と静かに語りながら、街娼仲間たちのサポートもしているようだ。

 マテーラ市長(当時)ラファエロ・デ・ルジェッリは、「(キリストの処刑に関与する)ピラト総督にはなりたくない」と笑い、「奉仕と慈悲は市長の職務」と、イエスに代わって十字架を背負わされるキレネのシモン役に扮して上機嫌だ。

 こうして、オーディションや撮影シーン前後の様子を並行して伝えることで、登場する人々のキャラクターやバックグラウンドと演じる役の意味が重なり、同時にこの南ヨーロッパの都市が抱えている構造的な問題が、じわじわと露わになってゆく。

 イエスの処刑シーンで、市民参加による受難劇自体は終わるが、マスク姿のサニェたちが〈尊厳の反乱〉のその後を報告するエンドロールまで、決して目が離せない。コロナ禍を生きる彼らの現在の姿を、復活したキリストと弟子たちに重ねるとは! 最初から最後まで実に緻密に構成された、まごうことなき〈21世紀の福音書〉と言える。

 2018/19年シーズンにベルギーのゲントにある名門劇場NTゲントの芸術監督に就任したラウは、同劇場の作品上演におけるポリシーを10項目列挙した〈ゲントのマニフェスト〉を掲げている。その第1項目はこんな宣言だ。

 「もはや(作品は)世界を描くためのものではない。世界を変えていくためのものなのだ。目指すべきは現実を描くことではなく、表現自体を現実にすることである」

 これを「The New Gospel – 新福音書 –」に照らして言うなら、〈『福音書』の内容の理解を促すために、現実を引用するのではない。現実を直視し変革するために『福音書』を使うのだ〉ということだろう。確かにこの映画を最後まで観ると、作品そのものがアクションになり、現実に一石を投じている様子が見て取れる。ミロ・ラウは、もはや〈演劇をツールに使う活動家〉というより、〈活動家として演劇の概念を更新する変革者〉の次元に、達している人なのかもしれない。

 


PROFILE: ミロ・ラウ
スイス出身の演出家、作家、映画監督。2018/19シーズンから、NTヘント劇場の芸術監督に就任。ピエール・ブルデュー、ツヴェタン・トドロフのもとでパリで社会学を、ベルリンでドイツ語とロマンス語を、チューリッヒで文学を学ぶ。02年以降、50以上の演劇や映画、書籍を創作し、さまざまなアクションも展開。テアター・トレッフェン、アヴィニヨンフェスティバル、ヴェネツィア・ビエンナーレなどの国際フェスティバルに参加し、30カ国以上で作品を発表している。「Das Kongo Tribunal(コンゴ裁判)」(17)などの映画作品も評価が高く、数々の賞を受賞している。
https://www.ntgent.be/

 

 


INFORMATION
The New Gospel – 新福音書 –
配信日程:~2021年11月28日(日)
言語:イタリア語/フランス語/英語(字幕:英語/日本語)
時間:105分

ー現代に問いかける、連帯と革命のための受難劇ー
演劇を用いて現実に起きた事件や事象と向き合う劇作・演出家、ミロ・ラウ。映画監督、ジャーナリストとしても活動する彼が、パゾリーニやメル・ギブソンがキリストの物語を撮ったロケ地・南イタリアのマテーラを舞台に、今日的な〈福音〉の映画をつくりあげた。 キリストを演じるのは、カメルーン出身の政治活動家イヴァン・サニェ。マテーラでは農場労働での搾取を始め、多くの移民が非人道的な扱いを受けており、映画では、サニェと移民たちが参画する人権運動〈尊厳の反乱〉の様子と、彼らと一般市民、俳優らが演じるキリストの受難の物語とが併行して描かれる、現代文明とそこに生きる者の人間性とを鋭く問う、町ぐるみの受難劇。
※この作品は日本国内でのみ視聴可能です
作品詳細:https://tokyo-festival.jp/2021/program/newgospel/

■チケット情報
視聴券:1,500円(税込)
視聴券取扱:Vimeoオンデマンド(VOD)
チケット情報:https://tokyo-festival.jp/2021/ticket/
※配信、決済にはVimeoオンラインを利用しております。ご視聴にはVimeoの無料会員登録が必要となります
※ストリーミングでのご視聴となります。お支払い後、視聴期限内にご鑑賞ください。作品映像をダウンロードすることはできません
※視聴期限は、ご購入手続き完了メールが到着後、〈今すぐ鑑賞〉ボタンを押してから72時間以内です

■お問い合わせ
東京芸術祭実行委員会事務局
電話番号:050-1746-0996(平日10~18時)
主催:東京芸術祭実行委員会〔豊島区、公益財団法人としま未来文化財団、公益財団法人東京都歴史文化財団(東京芸術劇場・アーツカウンシル東京)〕
助成:令和3年度 文化庁 国際文化芸術発信拠点形成事業

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