Photo by Aya Cabauatan

聴いたことがないのに聴いたことがあるようなノスタルジックなサウンド

――今作の制作にあたって影響を受けたミュージシャンなどがいれば教えて下さい。また、音楽以外にもインスピレーションの源となった作品や出来事などは御座いますでしょうか?

「NujabesとかDJシャドウ、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインとかかな。特にマイ・ブラッディ・ヴァレンタインは子どもの頃からずっと聴いてきたから、青写真みたいな存在なんだ。楽器を手にとると、自然と彼らだったらどう弾くかな、と考えてしまうくらい。あとはポスタル・サーヴィスからも影響を受けているし、エモのレコードも沢山聴いてた。アンダーグラウンドの音楽も結構多かったな。2020年は、ヴァイナルとしてプリントされるまでに至らなかったような音楽も沢山聴いていたから。2000年代初めのロック、エレクトロ、ヒップホップとか。

インスピレーションの源となった出来事は、ロンドンに引っ越したこと。あれは自分にとって大きな経験だったし、アルバムにも影響していると思う。あとは、色んな所に行って、色んな人々に出会った経験や、当時乗り越えようとしていたこともそうだし、数ヶ月前に親友を亡くした経験からも影響を受けた。このアルバムには、僕が経験してきた様々なディープな出来事が反映されているんだ」

――後半で目まぐるしく音色やアレンジが切り替わっていく“Space-Cowboy”や“I Want U”といった楽曲で特に強く感じられたのですが、今作ではこれまでの作品よりもより一層に、1曲の中に様々な音色やエフェクトが取り入れられていて、どの楽曲もそれぞれに独特で心地よいテクスチャの魅力を持っていますよね。楽曲の制作を進めていくにあたって、一体どのような制作プロセスでテクスチャを描いているのでしょうか?

「とにかくレイヤーを重ねる。テープのループにシンセを重ねたり。

あと、“Space-Cowboy”では『アンジェラ』(2005年)っていう映画からのサンプルも使っているんだ。あの映画には、登場人物の女性が男性に自分を愛することを学ぶべきだと伝えているすごくスウィートなセリフがあってね。

それと、僕が作ろうとしているテクスチャの一つは、自分も経験したことがあるようなノスタルジックなサウンドなんだ。聴いたことはないはずなのに、なんか聴いたことがあるような気がするサウンドというかね。だから、昔のヒット曲のサウンドを思い起こさせるようなものを取り入れる時もある。例えば、ラーズの“There She Goes”(88年)のオープニングもそうだよね。あのメロディーとリフは、前に聴いたことがある感じがするけど、実は初めて聴くサウンドで。あの曲は、初めて聴いたときに、なんか懐かしく感じたんだ。聴いたことなんてないのにね。初めて聴くのにすごく親近感を覚えるあのトラックは、聴いたときからお気に入りになった。そういうサウンドを僕自身も作りたいんだ」

『It’s All Smiles』収録曲“Space-Cowboy”

 

希望を込めたタイトルにしたかった

――今作を聴いていて、改めて強く感じさせられたのは、あなたの声の魅力です。非常に複雑な音像が構築されているにも関わらず、声の生々しさや息遣いがしっかりと感じられるのが印象的で、一方でエフェクトやカットアップなどの加工も非常に多く取り入れていますよね。あなたの楽曲において〈声〉というのは非常に重要な役割を持っていると思うのですが、制作に際してご自身の声をどのように捉えているのでしょうか?

「これは面白い質問だな。自分の声をどのように捉えているかって? すごく良い声だと思う(笑)。ははは(笑)。自分じゃわからないな。この質問は難しい。

僕の声って、常に少し鼻声なんだ。左側の鼻から耳につながる部分が右の鼻よりも多少狭くて。(小学校)5年生のときからずっとそうで、もちろん息は出来るんだけど、片方が息がもう片方よりも息しにくくて、それで声が鼻声になるんだよ」

――今作の制作期間の後半はパンデミックの時期と重なっていますよね。楽曲の制作に際してもリモートワークが取り入れられたと伺っています。今作の制作自体はパンデミック以前から続けられていたかと思うのですが、この出来事が作品に与えた影響などはあるのでしょうか?

「すごく刺激になったよ。フィリピンで自分の周りにあったものが曲作りに活かされたと思う。例えば、実家で昔自分が持って聴いていた音楽を見つけたり。当時の、今みたいに小さくない大きなiPodが出て来て、その中に30GB分の音楽が入っていたんだけど、あれをまた聴き直したのはすごくよかった。その音楽のサウンドに影響を受けたというよりは、昔聴いていた音楽を聴いてすごくエモーショナルになったことが影響したと思う。フィリピンの実家にいたことで、ノスタルジックが沢山湧いて来たから。それに、しばらく会っていなかった昔の友達に会ったことも刺激になった。彼らと会話をしていると、いつもインスピレーションをもらうんだ」

――今作には〈It’s All Smiles〉というタイトルが付けられていますね。今作に収録されている楽曲には、強い孤独を感じさせる、どこかもどかしい感情を抱えているような印象を抱くことが多かったのですが、このタイトルはどのようにつけられたのでしょうか?

「希望を込めたタイトルにしたかったんだ。希望に満ちたタイトルにすることが第一の理由だった。曲の歌詞はセンチメンタルだけど、アルバムタイトルに希望を持たせて皮肉っぽくしたくて。

あともう一つは、ビル・エヴァンスの曲で“I’m All Smiles”という美しい作品があるんだけど、それが僕のお気に入りのトラックだから。70年くらいのピアノソングで、あの曲からはかなりインスパイアされたんだ。『From Left To Right』(71年)というアルバムに収録されている曲で、亡くなりそうな兄弟についての曲らしい。辛いことがあっても笑顔で徐々に乗り越えていこうという内容も合っていると思ってね」

ビル・エヴァンスの71年作『From Left To Right』収録曲“I’m All Smiles”