天野龍太郎「Mikiki編集部の田中と天野が、海外シーンで発表された楽曲から必聴の楽曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。フランツ・フェルディナンドからドラマーのポール・トムソンが脱退したのは残念でしたね。理由は明らかにされていませんが、バンドのコメントからはハッピーな脱退だったと感じます」

田中亮太「2002年の結成時からのオリジナルメンバーで、30年近く活動を共にしてきた仲間ですから、メンバーも辛いでしょうね。最後にライブを観たかった……。でも、トムソンがスティックを次のドラマーであるオードリー・テイトに手渡している写真がくすりと笑える感じでよかったです(笑)。『Always Ascending』(2018年)に続く新作では、彼女が叩くのでしょうか?」

天野「それ以外には、最近奇抜なファッションで世界各地に出没して話題のカニエ・ウェストが改名した、というニュースがありました。彼が本名を〈Ye〉にすることを裁判所に申請しているというのは『Donda』についてのコラムでちょこっと書きましたが、それが受理されたんです。アーティスト名はどうなるんでしょうね?」

田中「改名には宗教的な意味合いがあるそうですが、カニエの奇行と受け止めている人も多いですよね。大丈夫でしょうか……。それでは、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から!」

 

Obongjayar “Message In A Hammer”
Song Of The Week

天野「〈SOTW〉はオボンジェイヤーの“Message In A Hammer”です。オボンジェイヤーについては、去年の4月にオクタヴィアンの“Poison”を紹介したときにちょっと触れたんですよね」

田中「そうでしたね。オボンジェイヤーことスティーヴン・ウモー(Steven Umoh)はナイジェリア出身のミュージシャンで、英ロンドンを拠点に活動しています。ヒップホップやR&B、レゲエをアフリカ音楽とミックスさせたエッジーなサウンドが特徴で、EP『Which Way Is Forward?』(2020年)は高く評価されました」

天野「最近はリトル・シムズギグスパ・サリュの新作に参加していて、ひっぱりだこですね。8月にはサーズ(Sarz)とのコラボレーションEP『Sweetness』をリリースしていて、同作はサーズがプロデュースした80sっぽい質感のアフロビーツの上でオボンジェイヤーが甘い歌声を聴かせる、という作品でした」

田中「“Message In A Hammer”は、『Sweetness』の曲とはまったく異なる緊張感のあるトラックで、彼の先鋭性がはっきりと打ち出されていますね。太くかすれたパーカッシブなボーカルはフェラ・クティが憑依しているかのようですし、サウンドはアフロビートやレゲエ/ダブ、UKベースミュージックが渾然一体となっていて、ものすごく強烈です」

天野「いやはや、とんでもない曲だと思います。〈このハンマーに込められたメッセージが/お前に打ち下ろされる〉という呪術的なリリックには怒りがにじみ出ていて……。オボンジェイヤーはこの曲について、こんなふうに説明しています。『闘いについて、俺たちから盗まれ奪われた権力と闘うことについて、やつらを盗人と殺人鬼という名前で呼ぶことについての歌』。アフリカンとしての強い怒りを感じますね」

田中「“Message In A Hammer”は彼のデビューアルバムからのシングルだとのことで、アルバムがかなり楽しみになりましたね」

 

No Rome “When She Comes Around”

天野「2曲目はノー・ロームの“When She Comes Around”。ノー・ロームといえば、今年3月にチャーリー・XCX、The 1975とのパワフルなコラボ曲“Spinning”を発表したことが記憶に新しいですね」

田中「おさらいしておくと、ノー・ロームことゲンドリン・ローム・ヴィレイ・ゴメス(Guendoline Rome Viray Gomez)はフィリピンのマニラ出身、ロンドンで活動するベッドルームポップ系のシンガーソングライターです。The 1975のマシュー・ヒーリーが彼の才能に惚れ込んでプロデュースしていることは知られていますよね。The 1975との共演曲“Narcissist”(2018年)は、彼の代表曲と言っていいでしょう」

天野ビーバドゥービー&ジェイ・ソムとの“Hurry Home”(2020年)もよかったですよね。ノー・ロームは話題性のあるコラボ曲や〈マッティのお気に入り〉というイメージが強すぎるきらいがあったのですが、この“When She Comes Around”はそんな印象を払拭するパワフルな曲だと思いました。ビートルズやブリットポップを思わせる泣きのメロディーとサイケデリックなサウンドが強烈なパートと、ノイジーでエレクトロニックなエディットで切り刻まれたパートが交互に現れる構成が、めちゃくちゃかっこいいです」

田中「プロデューサーはノー・ロームとBJ・バートン(BJ Burton)、The 1975のジョージ・ダニエル(George Daniel)、そしてニュージーランドのエレクトロニックデュオ、サチ(SACHI)。攻めた布陣ですね。12月3日(金)にダーティ・ヒット(Dirty Hit)からリリースするデビューアルバム『It’s All Smiles』からのシングルとのことで、アルバムへの期待が高まります」

 

Jlin “Embryo”

天野「〈フットワーク界の異才〉と言うべき米シカゴの個性的なエレクトロニックミュージックプロデューサー、ジェイリン。彼女が12月10日(金)にリリースするひさしぶりのニューEP『Embryo』から、タイトルトラックが発表されました。いや~、この曲には驚きましたね!」

田中「拍の強調の仕方などにジューク/フットワーク的な要素は残っていますが、ビートはイーブンキックが強いのでハードテクノ/ハードミニマルに接近した印象です。BPMも160くらいの早さで、ひさしぶりにシュランツなんてジャンル名を思い出しましたよ」

天野「初期のジェフ・ミルズみたいなハードさがあるし、ドリンベースみたいなところもある。そして、ぐわんぐわんとうねっているアシッディーなベースが圧巻です。そんなワイルドな曲なのにプロダクションは精緻で、レイヴの残響が残っていた90年代のIDM的でもあります。もともとこの曲はシカゴのアンサンブル、サード・コースト・パーカッション(Third Coast Percussion)のために書かれたものだったようで、TCP版の“Embryo”も後日発表されるのだとか。そちらも聴いてみたいですね」