田中亮太「Mikiki編集部の田中と天野が、海外シーンで発表された楽曲から必聴の楽曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。まずはシーンの話題から。昨日、イギリスで〈MOBOアワード〉が開催され、デイヴの『We’re All Alone In This Together』が年間最優秀アルバムに輝きました」

天野龍太郎「〈MOBOアワード〉は、96年にスタートした、黒人/黒人文化を起源とする音楽を対象にした音楽賞です。初年度の年間最優秀アルバムがゴールディーの『Timeless』ということからも、その審美眼の確かさを感じますよね。今年のその他の部門における受賞者は、リトル・シムズ、ゲッツ、クレオ・ソル、サンズ・オブ・ケメットなどなど。受賞者や作品のリストは、ガーディアンの記事をご覧ください

田中「現在のUKブラックミュージックのおもしろいところを押さえていて、入門編にも最適なリストですよね。興味のある人は、ひとつひとつ聴いていくのがいいと思いますね。ちなみに、僕のおすすめは、ベストヒップホップアクトに選ばれたDブロック・ユーロップです。それでは、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から!」

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SZA “I Hate U”
Song Of The Week

天野「〈SOTW〉は、TDE所属のシンガーソングライター、SZAの“I Hate U”です。しばらく表立った活動がなかったSZAですが、昨年末にリリースした“Good Days”ドージャ・キャットとの“Kiss Me More”のヒットなどで、2021年を通して存在感があったアーティストですね。最近も、大ヒット中のサマー・ウォーカーの新作『Still Over It』に参加していましたし。そんな彼女の待望の新曲が、この“I Hate U”です」

田中「もともとは、8月にSoundCloudの匿名アカウントで発表した曲でしたよね。一気に3曲も発表して、しかもSoundCloudで、というのが話題になっていました。そんな“I Hate U”のクレジットには、サンクゴッド4コーディ(ThankGod4Cody)、ディラン・パトリス(Dylan Patrice)、ロブ・ビサル(Rob Bisel)、カーター・ラング(Carter Lang)と4人のプロデューサーが名を連ねています。どこかチープな質感のシンセサイザーが奏でるメロディーがいかにも切なげで、曲全体のアトモスフェリックななムードをリードしていますね」

天野「ちょっと90s R&Bっぽい雰囲気がありますよね。でも、ヨレたビートやその上で柔軟な歌とラップを聴かせるSZAのボーカルはイマっぽいし、彼女らしいなと思います。一方で歌詞は、〈あなたには嫌気が差した、あなたはまちがっている/自分自身に飽き飽き、こっちに来て私をファックして?/あなたが近くにいると悲しくなる〉と、1ラインごとに正反対のことを歌っているのがおもしろいです。揺れ動く気持ちをそのまま飾らずに吐き出しているあたりが、これまたSZAらしくていいですね。愛憎入り乱れている感じというか。あと、iPhoneのメッセージのスクリーンショットをカバーアートにしているのが笑える(笑)。こんなにいい曲を聴くと、SZAのセカンドアルバムを早く聴きたいなって思います!」

 

Wild Pink “Florida”

天野「2曲目はワイルド・ピンクの“Florida”です。フロントマンのジョン・ロス(John Ross)を中心とするスリーピースバンド、ワイルド・ピンクは、アーシーかつメランコリックなインディーロックを鳴らして支持を集めてきました。僕にとっては、亮太さんのお気に入りのバンド、というイメージですね(笑)」

田中「まあ、実際そうなんですけど(笑)。2018年の『Yolk In The Fur』2021年の『A Billion Little Lights』という2つのアルバムで志向してきた、デス・キャブ・フォー・キューティなどをほうふつとさせるエモいメロディーと、ブライアン・イーノ的とでも言うべきアンビエンスが融合されたサウンドプロダクションは、たしかに自分のツボではあります。この“Florida”は、9分以上もの大曲です。彼らにとって、ひとつの到達点と言えるような名曲、と言い切りたいですね」

天野「たしかに、アメリカーナ的な雄大なアンサンブルに、エレクトロニクスがさりげなくも効果的に挿し込まれているアレンジは、このバンドの魅力を雄弁に伝えています。タイトルのとおり、曲のテーマはロスの故郷であるフロリダなんだとか」

田中「ロスはこれまでのディスコグラフィーにおいてもたびたび故郷に言及してきましたが、ここまで明確にフロリダのことを歌ったのは初めてだと思います。言葉数は多くはないものの、海の風景を描いた歌詞からは、彼の故郷への思慕が覗けますね。この曲は、コロナ禍での音楽活動の休止後にロスが初めて書いた曲なんだそうです。いまはブルックリンに暮らす彼だからこそ、ロックダウンの期間に改めてフロリダという土地に向き合ったのかもしれませんね。彼はこの曲を『私が育った州へのラブレターです』と明言しています」

天野「『A Billion Little Lights』というセンテンスにピリオドを打つ曲、とも語っていますね。これからのワイルド・ピンクが楽しみになりました」