©奥宮セイジ

時はうつれど、空はひとつ

 音楽家は時を編む人だ。芸術家とは本来そういうものだろう。井上鑑の手のことを思うと、こまやかに織りなされるテクスチュア、そして庭のイメージが重なり合い、かなりの遠方まで広がっていく。

 〈High-Tech, Hand Made〉という言葉は井上鑑の長年の信条ともいうべきものだが、しかしそれは心情でも真情でもあって、どのようにやってもそうなってしまう。そういう確かな質感が彼の仕事にはいつもある。今春復刻された1986年のアルバム『TOKYO INSTALLATION』をいま聴いても、そこには懐かしさと新しさがある。懐かしさというのは、手の感触で、新しさというのは、独特の手合わせのことだ。新しいテクノロジーを希求する志向は、人間の古くからの本能だとも言える。それは触手と感覚の延長でもあるのだから。

 同作はロンドンと東京での録音で、川村昌子の琴、栗林英明の十七弦筝、苅田雅治のチェロ、イエスやキング・クリムゾンで名高いビル・ブルーフォードのシモンズ・ドラムなどが伸びやかに交通する時空がひらかれている。山木秀夫のパーカッションや今剛のギターとのアンサンブルも鉄壁。テクノと変拍子が合わされ、プログレッシヴでリリカルな音世界が立ち上がる。シティポップの時代の果実としても聴ける。

 この秋、井上鑑が3つの空間で、3種3様に異なる共演者を交えて展開するコンサート・シリーズが〈TOKYO INSTALLATION 2022〉。〈TOKYOを起点に現在、過去、未来を旅する感性と情熱とテクノロジーを展開する3公演〉とある。旧盤を紐解きもするが、デイヴィッド・ローズ、ジョン・ギブリンら英国勢を含めての新作『The Bard』も制作中というだけに、新たな作編曲を含めて、様々なアイディアが沸騰しているさなかに違いない。

 シリーズ始まりの〈Birds of Tokyo〉は、ヤマハホールの音響特性も鑑みてというが弦楽器に寄せて、マレー飛鳥のヴァイオリン、鈴木秀美と古川展生のチェロを交える編成。チェリストふたりは父・井上頼豊のお弟子で、いまは師の愛器を鈴木秀美が弾いている。2010年以来、継続的に発展してきたプロジェクト〈連歌・鳥の歌〉(2016年にスペインとウクライナへツアーも行った)との響き合いも、ここでの〈願いを乗せて旅立つうた〉の源流となる。

 「空の鳥たちは歌うのです、〈ピース、ピース、ピース〉」と国連本部で告げたパブロ・カザルスが亡くなって、今年でちょうど50年目。その命日に少し先立つ公演になる。世界はいま〈ピース〉から激烈に遠ざかっているようにしかみえないが、音楽の祈りはつよくユニヴァーサルなものだ。来秋は井上頼豊が生まれて、ちょうど100年。そして、井上鑑自身は今秋、60代最後の秋を歩んでいく。

 


LIVE INFORMATION
-井上鑑 TOKYO INSTALLATION 2022-
Birds of Tokyo「願いを乗せて飛び立つうた」

2022年10月18日(火)東京・銀座 ヤマハホール
開場/開演:18:30/19:00
出演:井上鑑(ピアノ/モンタージュ/ヴォイス)/マレー飛鳥(ヴァイオリン/ヴォイス)/鈴木秀美(チェロ)/古川展生(チェロ)
https://www.yamahamusic.jp/shop/ginza/hall/event/detail?id=2522