東京・銀座のヤマハホールで2024年7月3日(水)に開催される〈フランチェスコ・トリスターノ コンサート(Francesco Tristano)Piano 2.0 -an evening of the 21st century music for piano and electronics-〉。挑戦的な題が冠されたこの公演は、ピアノの可能性を広げる彼の独創的な世界に浸れる、クラシック音楽ファン必見のライブだ。注目の来日公演に向け、異才音楽家の個性やコンサートの見どころについて音楽批評家の八木皓平が綴った。 *Mikiki編集部


 

鍵盤音楽の歴史と向き合い、電子音楽も愛する特異なピアニスト

今年の4月にフランチェスコ・トリスターノが、ブラント・ブラウアー・フリックの新作『Multi Faith Prayer Room』(2023年)に収録されている“Dotted Line”をピアノアレンジしたバージョンをリリースしたが、いつも通りミニマルミュージックをアコースティック~デジタルの垣根なくモダンに料理してみせたブラント・ブラウアー・フリックの原曲の面白さをそのままに、自身のピアノのスタイルに華麗に落とし込むその手際に改めて驚かされた。楽曲の勘所を正確におさえつつ、元々の音色から置き換わっても、なんらその魅力が落ちないどころか、あまりにもスマートでセクシーなサウンドを仕立て上げるこの才覚は、彼が年を経るごとに磨かれているような気がする。

そもそもフランチェスコ・トリスターノが長年研究し、演奏してきた古楽~クラシック音楽のフィールドでは楽器を変えてアレンジすることなんてよくあるわけで、そういった意味でも彼のアレンジセンスはその音楽家人生を通してひたすら磨かれてきたといっていい。そしてそこにアコースティックとデジタルの境界は存在しない。彼はデリック・メイやカール・クレイグといったレジェンド級のテクノアーティストとコラボレーションする一方で、オーランド・ギボンズやバッハを演奏してきたのだから。

古楽~クラシック音楽を愛しながら、その一方でエレクトロニックミュージックを愛する。そんな彼だからこそフランチェスコ・トリスターノは、彼自身も大いに影響を受けた稀代のピアニスト、グレン・グールドをテーマとしながら、坂本龍一、クリスチャン・フェネス、カールステン・ニコライらとのコラボレーションプロジェクト〈GLENN GOULD GATHERING〉にも参加することができたのだろう。

そして、そのアコースティックとデジタルの邂逅の道の先で、彼はピアノとシンセサイザーを両立させた傑作『Tokyo Stories』(2019年)をものにした。この作品については、以前フランチェスコ・トリスターノのキャリアを振り返りつつ、記事を書いたので、ぜひこの機会に読んでいただきたい。ともかく、このピアニスト兼作曲家は、世界的に見てもじつに興味深い音楽活動を展開している人間なのだ。

また、その後の『On Early Music』(2022年)という作品では、古楽を相手取って、その音楽的可能性をひたすらに探求し、そこからインスピレーションをうけたオリジナル曲をさしはさみながら、古楽の現代的な喜びをリスナーに伝えうる可能性を提示してみせた。フランチェスコ・トリスターノのキャリアをざっと概観しただけでも、彼がどれだけオリジナリティあふれる特異なピアニスト~作曲家であるか、そしてどれだけ鍵盤音楽の歴史と向き合ってきた音楽家なのかが伝わっただろうか。