原住民音楽とR&Bを行き来するABAO(阿爆)

台湾原住民音楽の現状については、Mikikiで関俊行さんが続けてきた連載〈台湾洋行〉が詳しい。なかでもパイワン族出身のシンガー、ABAO(阿爆)について触れた回では80年代以降の状況の変化にも触れられているので、最初に読むには最適だろう。

ABAOは2003年にボーカルユニット、阿爆&Brandyとしてデビュー。一時の活動休止を経て、2014年には母・祖母と共にパイワンの古いバラードの保存を目的とするアルバム『東排三聲代』をリリースする。その後は『vavayan. 女人』(2016年)や『kinakaian 母親的舌頭』(2019年)といったアルバムでR&B色を強めた歌世界を展開してきた。

ABAO(阿爆)の2014年作『東排三聲代』収録曲“訂婚曲”

ABAO(阿爆)の2016年作『vavayan. 女人』収録曲“izuwa 有”

ABAO(阿爆)の2019年作『kinakaian 母親的舌頭』収録曲“Thank You 感謝”

あくまでも原住民音楽の様式が土台にある『東排三聲代』と、R&Bを織り込んだ現代ポップスの様式に原住民文化の要素を散りばめた『vavayan. 女人』や『kinakaian 母親的舌頭』。そもそもプロジェクトのテーマそのものが異なるわけだが、両者の作品のカラーはかなり異なっている。ここには民族的記号をどのように扱い、どのように現代の音楽様式に落とし込んでいくかという問題意識が反映されている。

ABAOは原住民文化の記録や若手アーティストのサポートを目的とする組織〈Nanguaq(那屋瓦)〉を設立しており、この組織は新たな文化発信源ともなっているという。そこには民族衣装を着て民謡を歌うシンガーもいれば、現代的なエレクトロニックポップを奏でるアーティストもいて、従来のワールドミュージックに留まらない台湾原住民音楽の広がりを実感させられる。

 

原住民音楽の広がりを象徴するYELLOWと漂流出口

そうした広がりはさまざまなアーティストから見ることができる。現行R&Bのフィーリングを打ち出し、台湾音楽界を席巻するバンド、YELLOWの黄宣は原住民をルーツに持つが、彼の音楽自体に原住民音楽色は皆無といっていい。Taiwan Beatsに掲載された関谷元子さんの取材記事では家庭内で伝統文化の影響をまったく受けなかったこと、さらには原住民に対する帰属意識をほとんど持っていないことも明かしている。ただし、本人は「この文化の疎外感があるからこそ、成長するうちに無意識にその根源を辿ろうとして、作品に原住民の伝統的古調のハーモニーを入れてみたんです」とも話している。彼なりのやり方で自身の〈伝統〉にアプローチしているわけだ。

YELLOWの2020年のEP『kinakaian 母親的舌頭』収録曲“羊皮先生 Mr. Sheepskin”

〈民謡実験ロックバンド〉を自称する漂流出口は、メンバー全員が台東のアミ族。歌詞や衣装には確かに民族的なエッセンスが取り入れられているが、奏でるのはサイケデリックでヘビーなインディーロック。彼らの演奏風景を見ていると、10年前に台東の鐵花村でゆったりとしたサーフロックを演奏していたシンガーソングライターたちを連想してしまう(実際、漂流出口も鐵花村でたびたびライブを行なっているようだ)。

漂流出口の2015年作『Drowning 逆游』収録曲“Tooth In Plastic Bag 塑膠袋裡的牙齒”

YELLOWや漂流出口は海外に住む私たちのエキゾチシズムをくすぐるような原住民音楽を演奏しているわけではない。ただし、原住民音楽の広がりと現状を象徴するアーティストであることは間違いない。