Page 2 / 2 1ページ目から読む

 レーベルのアイデンティティに沿う作品を制作するために、すでに幾人ものミュージシャンが迎えられ、録音に取り掛かっている。3年先まで組まれているリリース予定のすべてを話してくれそうな勢いだったが、ミックスに取り掛かる直前だという間近にリリース予定の2作品を紹介してもらった。

 「まずは、PJEVというクロアチア系の女性合唱隊の音楽を出す予定だ。クロアチアをはじめバルカン半島は宗教音楽を想像する人が多いけど、そうではなくて何世紀も歌い継がれてきた伝統音楽にパイプオルガンとサックスが加わる。『Two Centuries』はカシムの曲にワダダとアンドリューが即興で加わる音楽だったが、それと同じように書かれた音楽とパイプオルガンの即興の合体だ。パイプオルガンはキット・ダウンズで、サックスはヘイデン・チスホルム。彼らの演奏が加わって拡がりはさらに大きくなった。もう一枚は、ピアニストのジェイソン・モランとドラマーのマーカス・ギルモア、それに電子音楽のプロデューサーのブランクフォームス(BlankFor.ms)ことタイラー・ギルモアとの録音だ。この作品によって、このレーベルでアコースティックとエレクトロニックなサウンドをどうやって繋いでいこうとしているのかが見えると思う。『Two Centuries』はカシムの音楽の再生にワダダとアンドリューが反応していたのだけど、この作品はブランクフォームスとジェイソン、マーカスが一緒にスタジオで音をマニュピレートしていった。その結果は、『Two Centuries』とは全然違ったものになっている。すごく興味深い作品だ」

 『Two Centuries』のマスタリングは、レーベル12kを主宰するサウンド・アーティストとしても知られるテイラー・デュプリーが手掛けていることと、美しい透明の重量盤LPレコードがリリースされることも特筆すべきだろう。Red Hook Recordsの「ソニック・アイデンティティ」はマスタリングやレコードへの拘りにも現れている。

 「アルバムを作る時に、音楽と近い関係性というものをレコードには感じる。アートフォームとして、ライヴ・パフォーマンスとはまったく異なる体験として存在しているからだ。A面を聴いて、裏返してB面を聴くという動作を含めての音楽との関わり方がある。聴くための一連の流れは、レパートリーに拘るのと同じくらい重要だと思っている」

 Red Hook Recordsはスタートしたばかりだが、リスナーを豊かな聴取体験に導くべく、既に準備が整っていると感じた。最後に、日本との繋がりについてサン・チョンが述べた言葉を紹介したい。

 「菊地雅章のアルバムが、レーベルの最初のリリースで、菊地さんとは特別な深い関係があったので、日本との関係も継続させたいし、良い音楽家がいたらぜひ紹介していきたいと思う」

 


サン・チョン(Sung Chung)
1982年5月18日、サンフランシスコ生まれ。父親は国際的に活躍する指揮者・ピアニスト、チョン・ミョンフン(Myung-Whun Chung)氏。2001年、NYに移住。ニュースクール(NYC)でジャズ・ギター、NEC(ボストン)で作曲を学ぶ。2012年、ECM入社、マンフレート・アイヒャーのもとでプロデューサー業を学び、〈後継者〉と目される。2020年、独立、アイルランドにレーベルRed Hook Recordsを設立し、第一弾として菊地雅章のアルバム『Hanamichi(花道)』をリリース。2022年、レーベル第二作『Two Centuries』をリリース。

 


寄稿者プロフィール
原雅明(はら・まさあき)

音楽ジャーナリスト/ライターとして雑誌・ウェブメディアへの寄稿やライナーノーツ執筆の傍ら、音楽レーベルringsのプロデューサー、LAのネットラジオ局の日本ブランチdublab.jpのディレクターも担当。ホテルの選曲やDJも手掛け、都市や街と音楽との新たなマッチングにも関心を寄せる。早稲田大学非常勤講師。著書『Jazz Thing ジャズという何か』ほか。