音楽家を超える坂本龍一の歴史

吉村栄一 『坂本龍一 音楽の歴史 A HISTORY IN MUSIC(特装版)』 小学館(2023)

 坂本龍一は、1975年の友部正人のアルバム『誰もぼくの絵を描けないだろう』で、プロのミュージシャンとしてはじめてレコーディングを行なった。以来、半世紀におよぼうとする活動歴において、一般的な(という言い方が適切かわからないが)ミュージシャンとしても、セッションやプロデュース、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)のメンバーとして、ソロのアーティストとして、現代音楽、即興音楽、電子音楽、ポピュラー音楽から、映画音楽まで、広範にわたる相当な量の活動を行なってきた。さらには、音楽に関連する、しないにかかわらず、俳優やメディアへの出演、80年代には若者の絶大なる支持を受ける文化的アイコンとして、または2000年代以降には、環境問題をはじめとする社会活動家として、音楽家という職能にとどまらない活動を行なってきている。あらためて、その活動を概観してみれば、特にYMOでの活動以降の活動の密度は、ひとりの表現者がなしえることとしても、想像を超える活動を展開していることに驚きを禁じ得ない。しかも、それは単線的なものではなく、複数の、離散的に展開されてもいる。そのような坂本の活動を一冊の評伝で、時系列に整理していこうとすることは、それだけで著者の労苦がしのばれる。

 この評伝のタイトルが〈音楽の〉と、あらかじめ記されているように、本書は音楽家としての坂本龍一を基本軸に、坂本本人への取材による証言や膨大な資料から、その活動を記述していく。それは〈音楽家の歴史〉であり〈坂本龍一の歴史〉でもあることはあきらかだろう。しかし、それはもちろん音楽活動にとどまらず、音楽活動との関連や、音楽以外の活動が音楽にフィードバックされるようにさまざまに連関する。また本書は、坂本の関心や活動の範囲が広大であるところを、各要素を偏りなく掘り下げまとめている。こうした評伝の常ではあるが、前半の生い立ちや活動初期の記述にさまざまなトリヴィアルなトピックが多く登場する。昼と夜がまったくことなる性質の活動をしている様子は、坂本の多忙さを表わすと同時に、それらを統べてとらえる坂本のスタンスがうかがえる。

 この評伝を読んでいる現在から眺めれば、ある出会いや出来事が、別の出会いや出来事につながっていく、過去のさまざまな出来事はあたかも現在のための必然のように見える。それでもなお、新しいページが続いていくことが期待されている坂本龍一という人物の大きさを知ることにもなるだろう。