60~70年代の日本では、ロック熱が高まると同時にブルースが注目された。情報もレコードを手に入れる手段も限られた時代、ブルースに取り憑かれた者はこの音楽とどう向き合ったのか? そして、この国ではブルースがどのように受け入れられてきたのか? その歴史に初めて踏み込み多角的に伝えるのが、ele-king booksから刊行された「ニッポン人のブルース受容史」だ。今回は、R&B/ソウルに造詣が深いライターの林剛による書評をお届けしよう。

なお、本書の刊行を記念して、ブラインド・レモン・ジェファーソンB.B.キングエルモア・ジェイムズライトニン・ホプキンスオーティス・ラッシュローウェル・フルソンチャーリー・パットンというブルースの偉人の名曲集8タイトルもリリースされた。ぜひあわせてチェックしてほしい。 *Mikiki編集部

日暮泰文, 高地明 『ニッポン人のブルース受容史』 ele-king books(2023)

 

豊富な図版とともに衝動、情熱、愛、信念が凝縮された本

衝動に突き動かされるように大好きな音楽を語る。溢れんばかりのパッションが一冊の本に凝縮されている。「ニッポン人のブルース受容史」のことだ。60年代から80年代前半にかけて、黒人社会から出てきたブルースという音楽が日本で広がり、定着していくまでの過程を、いまや大ベテランとして知られる音楽評論家/ライターたちが中心となって書き残した膨大な記録。対象への並々ならぬ愛と確たる信念を持って筆を走らせていくさまに、読んでいるこちらの鼻息も荒くなる。

ブルース・インターアクションズ(Pヴァイン)の創業者である日暮泰文氏と高地明氏の編著となるこの本。軸となるのは、後にヒップホップやR&Bを扱うことになる「ブラック・ミュージック・リヴュー(bmr)」の前身で、現在も刊行中の「ブルース&ソウル・レコーズ」を後継誌とする「ザ・ブルース」に掲載されたアルバム評やシーンの考察だ。中には、同じく日本でのブルース人気に貢献した故・中村とうよう氏の「ニューミュージック・マガジン(現在のミュージック・マガジン)」に寄稿された文章も混じる。

が、本書をユニークなものにしているのは、熱く鋭い文章だけでなく、ガリ版刷りのミニコミ誌からスタートした「ザ・ブルース」の誌面も含めた豊富な図版だ。アルバムジャケットはもとより、国内外で発刊された黒人音楽/文化関連の書籍や雑誌、ブルースを扱うレコード店や喫茶店の広告、手書きの音楽マップ、来日アーティストのスナップ写真、公演プログラムなどが所狭しと散りばめられ、時事ネタを含むタイムライン(年表)とともにビジュアル面からもブルースの盛り上がりを体感できる仕組みとなっている。レイアウトも素晴らしい。

 

ネットを凌駕する足で稼いだ知見

〈ブルース受容史〉を謳うが、語られるのは狭義のブルースにとどまらない。サザンソウルやモータウン、ニューオーリンズR&Bなどにも触れるし、〈ホーリネス教会のアフロ・アメリカン・ゴスペル〉と題したゴスペルの記事があれば、フェラ・クティとアフロビートの考察もあり、テーマは当時の黒人音楽全般に及ぶ。現在とは比べ物にならないくらい情報源が少なかった時代だが、しかし、ここにはインターネット上にある情報を凌駕する質の高い知見がある。受け売りではない、情熱と足で稼いだ情報があるのだ。

時にその情熱は現地へと足を向かわせ、ブルースの聖地であるシカゴのウエストサイドに潜入すれば、セントルイスやメンフィスなどに向かい、レゲエを肌で感じるためにジャマイカのキングストンにも飛ぶ。いまでは珍しいことではないかもしれないが、何とかして自分の目で確かめてこようという熱い心意気がとてつもない説得力を生んでいる。SNSでの〈映え〉のようなものを狙っているのでもなければ、書き手である自分を殊更にアピールするわけでもない。ただ音楽が好きだという一心で書かれているあたりに共感を覚える。