〈魔法〉とは真逆の位置にいる
また、「ずっと嫌いだった低音領域において、自分はどういうデザインが好きなのかがわかってきた」とのことで、より重心が低くなった音作りも本作の特徴だ。例えば、これまで以上に重く激しくなった高速リズム。ジャズ・ベーシストのサム・ウィルクスが参加した先行シングル“口の花火”でもその萌芽は感じられたが、ケチャやシンゲリを思わせる狂騒的なビートが渦巻く“行っちゃった”は完全にあちら側にイッちゃった感がある。“youth”(2021年)以来のコラボとなるKID FRESINOをフィーチャーした“行つてしまつた”も然り。グラインドコアのようなリズムの嵐にラップが乗る様は驚異的で、未知の聴覚体験を約束してくれる。
「FRESINOさんはリズムへの理解が卓越しているので、5拍子と4拍子がモジュレーションで繋がっているような楽曲の上でも3連符でラップすることができて。きっとループしているタイムの感覚を掴むのが物凄く上手なんだと思うんです。私も、1つのループするタイムをどのように複数的なリズムのレイヤーで構築していくかをコンセプトに楽曲を制作しているので、そういった楽曲にラップを乗せてくれる人となると、FRESINOさんしか思いつかないんですよね(笑)。ラップの音源を送ってもらったときも、リテイクを挿む箇所もなく一発で決めてくださって、完全に期待を超えられました。この曲は自分の中でもいちばんわけがわからないのですが、それを完成させてくれたのがFRESINOさんです」。
そして「とにかくド派手にいきたいと考えて、ホーン・セクションありきで作曲を進めました。絶対に熱が上がるだろうから、風邪のときには聴きたくない(笑)」という“恐怖の星”では、挾間美帆をホーン・アレンジに迎えて3管編成の生ブラスとブレイクコアを融合。長谷川特有のキラキラした祝祭感をよりいっそう増している。さらにピアノとシンプルなリズムがファルセットを際立たせる“禁物”、幾重にも重ねられた変調ヴォイスがデジタル・クワイアのような効果を生む“外”。どちらも〈歌〉の力が感じられる美しい楽曲だが、実は対極にある2曲だという。
「“禁物”は今作でいちばんコードとメロディーのみで成り立たせたかった楽曲で、必然的に〈声〉というメロディーの媒質が入っている構造。“外”は完全に真逆で、どれだけの〈声〉を試せるかという着想からメロディーを書いているので、この2曲は意外と真反対の位置にあるんです。でも、その両者が最終的なアウトプットとして近く感じられるのはおもしろいと思います。そうでないと自分の構築される想像上の〈身体〉をぼやかしていくという、私のコンセプトは成立しないと思うので」。
そのように長谷川白紙という〈身体〉の多彩な可能性や矛盾を集積したような本作は、間違いなく音楽の〈魔法〉に出会える一枚と言っていいだろう。
「そう言っていただけると嬉しいですね。私は〈魔法〉とは真逆の位置にいる作家だと自己分析していて、このタイトルもいわば自分への皮肉なんですよ。今回のアルバムは冷静に考えてかなり高い水準で、複製芸術が加工する〈身体〉へのアプローチというものに成功していると思うので、ひとまず安心はしています(笑)。私が『魔法学校』でやろうとしていたことは、世界から託されていた仕事のように感じていたので、これを終わらせないことには次に進めなかったんですよ。ただ、『魔法学校』が完成したことによって、逆に興味がすごく拡散してしまって、自分がこれから何をするべきかわからない状況になっていて(苦笑)。やりたいことはたくさんあるし、以前より潤沢なアイデアもあるのですが、こんな状態になるのは初めてなので、困っていると言えば困っていますし、この先が楽しみすぎると言えば楽しみです」。
長谷川白紙の作品。
左から、2018年作『草木萌動』、2019年作『エアにに』、2020年作『夢の骨が襲いかかる!』、2023年のサントラ『オレは死んじまったゼ!』(すべてミュージックマイン)
『魔法学校』に参加した演奏家の作品を一部紹介。
左から、サム・ウィルクスの2023年作『Driving』(Wilkes)、挾間美帆の2023年作『Beyond Orbits』(Edition)、9月4日にリリースされる馬場智章のニュー・アルバム『ELECTRIC RIDER』(ユニバーサル)