〈カッティングする前の音〉に近づいたSACD
昨年末の記事で言ったように、「SACDのDSD方式とは、人間の五感で感じられる空気の疎密波(気圧の波紋)としての音を途切れない連続した波として記録・再生できると言えます」。つまり、アナログマスターテープの音でもレコードの音でも、人間の耳に聞こえる音ならなんでも記録・再生できるパッケージがSACDです。
レコード会社主導ではなかなか作れない時代に、このタワレコ企画〈BLUE NOTE SA-CD HYBRID SELECTION〉の制作と販売が実現したことは素晴らしいのですが、マスタリングエンジニアのクレジットがありません。強いて言うならば、〈BLUE NOTE SA-CD HYBRID SELECTION〉の20枚は、当時のレコードが狙った音色でもなく、晩年のRVG自身のデジタルリマスターでもケヴィン・グレイのリマスターでもない音色です。CDには絶対に入り切らない音を収録した、そもそもRVG自身がこの名盤20枚の録音をした当時の1/4インチアナログマスターテープの〈カッティングする前のやわらかい音〉に一番近づいた音のSACDであると言えるかもしれません。詳しいデータがないので断言できませんが、そのような印象の音なのです。
〈音源が良くなければいい音にはならない〉というエソテリックの哲学
前述した通り、かつて70年代までは、レコード会社はオーディオメーカーの子会社という位置付けで、広告やブランドイメージ戦略でもハードとソフトの相乗効果を最大限有効に活用していたわけです。パッケージメディアがレコード、CD、SACDと変わっていくごとに、オーディオは(録音現場も)真空管からトランジスタ、FET、デジタルへと進化(退化も)しました。オーディオ技術もある意味、SACDが登場した2000年過ぎあたりが頂点で、CDが衰退すると、音楽や映画はストリーミングへ移行しながらパッケージが売れなくなりました。本来ならば、SACDフォーマットをコミットメントして立ち上げたソニーやフィリップスなどに頑張ってほしかったものですが、タワレコがリリースするタイトルもライセンス元と製造はユニバーサルです。
そんな中、日本を代表するハイエンドのオーディオメーカー、エソテリックでは、車の両輪に当たるハードとソフトの両方を作って販売しています。なんとSACDプレーヤーの入門機K-05XDは、メーカー希望小売価格1,045,000円(税込)です。
2015年、エソテリックの『Blue Note 6 Great Jazz』として『Sonny Rollins Vol. 2』、ジョン・コルトレーン『Blue Train』、ソニー・クラーク『Cool Struttin’』、キャノンボール・アダレイ&マイルス・デイヴィス『Somethin’ Else』、アート・ブレイキー&ザ・メッセンジャーズ『Moanin’』、ハービー・ハンコック『処女航海』の6枚がSACD Hybridで発売されました。プロデューサー大間知基彰氏の〈いかにオーディオ機器を良くしていっても、肝心の音源が良くないと決していい音にはならない〉というフィロソフィーは、ボクもまったく同感です。
同作は、ボクも80年代、特にアコースティックピアノなどクラシックなタッチのアナログレコードのカッティングなら一番に指名していた横浜JVC(当時)の杉本一家氏(2019年10月にご逝去されました)の遺作となってしまいましたが、素晴らしいSACDです(SOLD OUTで入手不可能)。この音は、現在の技術を駆使して、元の1/4インチアナログマスターテープよりもクリーンな音を作り出すことに成功しています。それは、アナログドメインだけでは不可能な音で、まるで当時デジタル録音が可能だったら、こんなに楽器が分離して演奏が細部まで見えていただろう、と思うような仕上がりなのです。例えるなら、オーディオマニアが一生を懸けた一番のセッティングで、その演奏を再現するのに成功したようなイメージ。
では、それはアメリカ盤のファーストプレス、オリジナルLP盤に記録されていたようなガッツのある音か?と言えば、別物です。物理的にアナログレコードにはできない、どんな音でも再現できるSACDのみで表現できる世界であり、マスターテープに録音されたミュージシャンの演奏が、2000年以降に進化したデジタル信号処理技術を駆使して確かに抽出された、誰も味わったことのない大吟醸のような音だと思いました。それと対極的なのはこのタワレコ企画20枚のSACD Hybridで、同じマスターテープに録音された音を決して過剰には磨き上げず、むしろ常温で平常心で安心して飲む味、とでも言えるかもしれません。