黄金の70年カラヤン、そのかくも美しき遺産を聴く。
1970年代。今日から半世紀も遡らなければならないこの時代に、彼のための帝国は確かに存在した。ヘルベルト・フォン・カラヤン(Herbert von Karajan, 1908-1989)。彼を巡る人々にとって、この時代はまさしく、全てが輝いてみえたろう。ヴィルヘルム・フルトヴェングラーはもはやドイツ史を飾る歴史の教科書となった。フランツ・コンヴィチュニーは隣の教室の教科書でしか見ようがない。もはやドイツには、西ベルリンにはカラヤンしかいない。そんな時代が確かにかつては存在した。

本アルバムはヴィヴァルディによる聖墓協奏曲から始まり、ベートーヴェンの英雄交響曲で締め括られる。1971年9月25日から1979年11月25日までの約3,000日の間、クラシックのレコーディング史上を塗り替えたパラダイム・シフトは並々ならぬ影響をその歴史上の内外へと放出してみせた。
何より私がこの全集を通じて最大限に推薦したいのは、本全集の末尾に配置されたベートーヴェンの英雄交響曲だ。もし読者の中で第1集を持っている方がいるのであればお分かりの通り、第1集が50年代の英雄で始まり、60年代の英雄で締め括られていた。その様はフルトヴェングラーによるベルリンフィルからカラヤンのためのベルリンフィルへと移行する過程そのものを描き出した実に暗示的な構成だった。こと70年代におけるこの英雄はどうだろう。音という音が、フィルハーモニア・ホールの大ホールの中を瑞々しく浸透させていく。それはさながら清流そのもののように、音という現象が美という心象へとその姿を変質させていくようだ。このカラヤンという人間の築き上げた王宮がまさにそこにある。しかしそれはまだ最初の大手門を抜けたばかりに過ぎない。何故なら知っての通り、その先には黄金の最も黄金たる80年代の目も眩む輝きを放つ音の神域がそこに控えているのだから。