イデオロギーから離れ、人々の生活から生まれた歌
――労働歌には人々を鼓舞し一致団結させる力があります。その意味では、大勢を同じ方向に向ける軍歌と似た作用を持つと言えそうです。寺尾さんにとって、労働歌と軍歌の違いはどこにあると思いますか?
「労働歌はやっぱり庶民の生活の中から生まれてきたものですけど、軍歌は往々にして国の目標があって、それに作詞家や作曲家が忖度して作らざるを得なくなっていく世間の空気がある。だから全く違うと思います。イデオロギー的なものが先にあるのが軍歌というか」
――今の時代に、軍歌や労働歌と似た作用を持つ音楽を探すとしたら、どのようなものになるでしょうか?
「うーん……なんですかね。でも、軍歌に近いものとしては、体育祭の応援歌がもしかしたら近いのかもしれない。体育祭でもみんなで歌うことを強制されるじゃないですか。そこには通じるものがあるのかな。労働歌に関しては……やっぱり戦後、労働がどんどん機械化されて、デスクワークも増えていく中で、歌と仕事というものが完全に切り離されていったんじゃないかなという気はします。
私は仙川の桐朋女子という中高一貫校出身なんですが、あそこは体育祭にものすごく熱を傾けている学校で。5月の体育祭に向けて、もう1月から朝練が始まるんです。で、中1から高3まで、それぞれの学年にそれぞれの応援歌があって、代々引き継がれている。心を合わせて勝ち抜くための歌がそれぞれにある。当時はあまり違和感なく取り組んでいましたが、それは今思い返すとちょっと戦争っぽいなという感じもします」
――いつの時代もそうですが、世の中が不安定になると、みんなが一つの方向へ向かって行こうとします。そうした中で音楽が持つ力も強まっていくように思います。音楽の力は、一方では労働歌や抵抗歌のように民衆の力となるものの、他方では軍歌のように民衆を抑圧する力にもなります。音楽が持つ力について、寺尾さんはどのように考えていますか?
「音楽が持つ力……でも、人々を強い力でまとめる、という意味では、その最たるものが国歌で、卒業式に全員で歌わせることなのかなと。歌う時にみんなを立たせることにも、すごく大きな力が働いている気がします。実際、東京都の公立校では、そこに従わない先生は処罰され排除されていきましたよね。
今、まだ日本はかろうじて戦時ではないので、歌によって軍国主義的なものが広まっていくことは少ないですけど、戦前の歌を見ていると、たとえば隣組の歌がキャッチーだったこともあって、すごい速さで全国に広がり、各地で使われていきました。その歌詞は〈隣近所と協力して銃後を支えましょう〉みたいな内容じゃないですか。“海ゆかば”もそうですけど、あれは賛美歌のような感動的なメロディーなので、やっぱり浸透力が強かった気がします。〈お国のために死んでいく〉という思想が美化されていくという意味ですごく影響力があった歌だと思います。そこに共感する人たちが多数派だったとして、多数派を作り、少数派をあぶりだすような歌の怖さ、音楽の怖さはあると思います。まとめてしまう力というか」
――そうした〈怖さ〉に対しては、やはり一定の距離を取って接しているのでしょうか?
「そこで何が歌われているのかは、やっぱりすごく気にしないといけないと思います。ラップでも、極端な日本主義を掲げる人たちもいるじゃないですか。そこに共感してしまう若い人たちもいる。今はそこまで目立つ動きではないかもしれないですが、社会全体がさらに右に寄っていった時に、そういうものがいつの間にか〈正しいもの〉とされてしまうことは、あり得る未来じゃないかと思います」
――そうした時、リスナーに向けて、音楽をどういうふうに届けていきたいですか?
「わらべ歌や労働歌は、人々の生活から生まれてきた歌です。イデオロギー的なものが先導する世界からはすごく遠いところにある。生きることの周辺で生まれた歌なんですよね。
訴える力は決して強くはないし、セールス的に大ヒットするものでもないかもしれませんが、そういうものの良さを感じてくれる人が増えていくといいなと思っています。大多数の人たちがひとつの歌に熱狂するときも、そこに違和感を覚える人も必ず一定数いるはずだと信じているので」
RELEASE INFORMATION
リリース日:2025年6月25日(水)
品番:KHGCD-005
定価:3,300円(税込)
配信リンク:https://linkco.re/84y3gD39
TRACKLIST
1. 島根「佐津目銅山鉱夫歌」(出雲市佐田町)
2. 山形「エンヤマッカゴエン」(最上郡真室川町安楽城)
3. 福岡「ずくぼじょ」(八女市豊福、大牟田市)
4. 東京「ひとつとせ」
5. 岩手「あらぐれ」(和賀郡和賀町山口)
6. 愛媛「浜子歌」(今治市大三島町口総)
7. 東京「田うない」(板橋区徳丸)
8. 愛知「せっせ」(豊田市稲武)
9. 東京「籠の鳥より」
10. 兵庫「宍粟の守子歌」(宍粟郡千種町奥西山)
11. 高知「宿毛田植え歌」(宿毛市仲市)
12. 沖縄「月ぬかいしゃ」(八重山地方)
13. 東京「板橋の棒うち歌」(板橋区)
EVENT INFORMATION
【寺尾紗穂】「寺尾紗穂 ミュージックマガジン増刊 戦前音楽探訪 2025年 07月号」発売記念イベント
2025年7月4日(金)東京・タワーレコード渋谷店6F TOWER VINYL SHIBUYA
開演:19:00
出演:寺尾紗穂、VIDEOTAPEMUSIC、伊賀航
進行:大石始
イベント内容:トーク&ミニライブ&サイン会
詳細:https://towershibuya.jp/2025/06/19/215015
※トーク、ミニライブはどなたでもご観覧いただけます
PROFILE: 寺尾紗穂
1981年、東京生まれ。2007年、ピアノ弾き語りアルバム『御身』でデビュー。大林宣彦監督の「転校生 さよならあなた」、安藤桃子監督の「0.5ミリ」など主題歌の提供や、CM楽曲制作(KDDI、無印良品ほか)、音楽に限らず新聞やウェブメディアでの連載も多数。オリジナルの発表と並行して、ライフワークとして土地に埋もれた古謡の発掘およびリアレンジしての発信を行う。「ミュージック・マガジン」誌では〈戦前音楽探訪〉の連載を6年間担当した。また全国各地のアートプロジェクト、東東京エリアの〈隅田川怒涛〉(2021年)、高知・須崎の〈現代地方譚〉(2022年)、横須賀の〈SENSE ISLAND/LAND〉(2024年)などに招聘され、リサーチを経た表現活動も増えている。2024年にはアーツ前橋ギャラリー6にて荒井良二とライブペインティングで共演。国立新美術館で開催された〈荒川ナッシュ医 ペインティングス・アー・ポップスターズ〉展では丸木俊の絵画に寄せて“ミクロネシア三景”を書き下ろし、展示と呼応するインスタレーションとして発表した。2009年より「ビッグ・イシュー」支援の音楽イベント〈りんりんふぇす〉を主催。2025年に12回目を迎え、11回目より山谷・玉姫公園にて開催している。また女工たちを描いた「女の子たち 紡ぐと織る」、兵器製造に動員された女学生を描く「女の子たち風船爆弾をつくる」などで作家・小林エリカとタッグを組み、歴史に埋もれた女性たちの声を当時の音楽と共に甦らせる音楽朗読劇を制作している。2022年、NHKドキュメンタリー「Dearにっぽん」のテーマ曲に“魔法みたいに”が選ばれ、教科書「高校生の音楽 I」にも同曲が掲載されている。あだち麗三郎、伊賀航と共に3ピースバンド〈冬にわかれて〉でも活動を続ける。書籍の最新刊は「戦前音楽探訪」(ミュージック・マガジン社)。音楽家や詩人、編集者などの知人に声をかけ自身が編集するエッセイ集「音楽のまわり」、「わたしの反抗期」など出版シリーズも手がける。音楽アルバムの最新作は『わたしの好きな労働歌』。前作『余白のメロディ』(2022年)、『しゅー・しゃいん』(2024年)は「ミュージック・マガジン」の年間ベスト(ロック/日本部門)の10枚に選出された。
