自分自身に向けられた歌
今回登場したボックス最大の聴きものはDisc-1とDisc-2。前者の〈Nebraska Outtakes〉は、次のアルバム『Born In The U.S.A.』が『Nebraska』と同時に作られていたことを示す物的証拠、“Born In The U.S.A.”の陰影に富んだデモから始まる。性急なロカビリー風弾き語りの“Downbound Train”はアレンジが全然違っているし、“Working On The Highway”の原曲になった“Child Bride”はメロディーもリズムも似たところがない、ほぼ別の曲。のちにナタリー・コールが取り上げてヒットさせた“Pink Cadillac”のデモも衝撃的で、メロディーの抑揚を抑えたミニマルな構成、つぶやくような歌唱は、ブルースが愛聴していたスーサイドと通じる味だ。
続くDisc-2の〈Electric Nebraska〉は、82年4月にEストリート・バンドと再録音した音源。ブルースはバンドでの録音を試したが、途中で違和感を訴え、デモテープの持つムードを守ることにこだわった。しかし、それを忘れてフラットな耳で聴くと、決して悪い演奏ではない。リトル・スティーヴンとハモる“Atlantic City”は格別だし、パンキッシュな“Downbound Train”はブラスターズを思い出させる。通常のアルバムならOKになったであろうテイクばかりだ。
映像とオーディオの両方が収められた2025年春の『Nebraska』再現ライヴが無観客なのも象徴的だ。オリジナルのカセットについて本人が言っている通り、彼は「主に自分自身に向けて歌っていた」のだから。そういう自己セラピーにも似た極めて純粋な作品だったからこそ、イーファ・オドノヴァンやライアン・アダムスといった優れたソングライターたちが『Nebraska』をまるごとカヴァーしたのだろうと筆者は想像する。
改めて『Nebraska』本編の最新リマスター盤を収録したDisc-4でタイトル曲“Nebraska”を聴くと、殺人犯が憑依して語りはじめたかのような低体温の歌いっぷりに打ちのめされる。かつて“Badlands”を書いたブルースは、その時点でテレンス・マリック監督の映画「地獄の逃避行(Badlands)」を観ていなかったそうだが、実際に観たときの印象が“Nebraska”の歌詞に甚大な影響を及ぼした。最後に登場する〈この世には理由なくただ卑劣な行為というものがあるんだ〉というラインに、この特異なアルバムの視点が表れているように思う。
ブルース・スプリングスティーンの『Nebraska』前後の作品。
左から、80年作『The River』、84年作の40周年記念盤『Born In The U.S.A. (40th Anniversary Edition)』(共にColumbia)
ブルース・スプリングスティーンの近年の編集盤。
左から、未発表作品を集めたボックスセット『Lost And Found: Selections From The Lost Albums』(Columbia / Legacy)、ベスト盤『Best Of Bruce Springsteen』(Legacy)