時代が変わる瞬間を刻印
そして、その豊かな音楽ルーツこそが、いまに至るまでディランを支えてきた。80年代後半の停滞期から彼を復活させるきっかけとなったのは、90年代初めの2作のアコギ弾き語りアルバム『Good As I Been To You』(92年)と『World Gone Wrong』(93年)で、それらはこの若き日に学んだ曲に取り組んだものだった。そして2000年代に、彼はそういった伝統音楽から学んだものを曲とサウンドに上手く取り込んだ『Love And Theft』(2001年)、『Modern Times』(2006年)で新たな黄金期を迎えた。だから、この編集盤で我々ファンも原点回帰し、若き日のディランが先達から何を学んだのかに耳を傾けてみるのもいいはずだ。
それらを血と肉としたディランは、62年半ばから突然爆発したかのように、歴史に残る名曲の数々を作りはじめる。この編集盤の後半は、フォーク・ムーヴメントの頂点であり、公民権運動や反戦運動が盛り上がった60年代という変革の時代を象徴するアルバムともなった“Blowin’ In The Wind”収録の『The Freewheelin’ Bob Dylan』(63年)と、表題曲があまりにも有名な『The Times They Are A-Changin』(64年)という名盤のアウトテイクや未発表曲、収録曲のライヴ録音で構成されている。デラックス版にはフォーク界の若き王様の戴冠式のようだったとまで言われた63年の〈ニューポート・フォーク・フェス〉やキング牧師の〈私には夢がある〉演説で有名なワシントン大行進での録音というまさに歴史的瞬間を収めたトラックも入っているが、スタンダード版は初期の有名曲のアルバムとは異なる別ヴァージョンを中心に選曲されており、そのDisc-2はもうひとつのベスト盤的な聴き方もできるだろう。
そして、本作のクライマックスとなるのは、デラックス版ではDisc-7と8をすべて費やし、63年10月26日の公演で披露された全27曲を収録した〈The Complete Carnegie Hall Concert – NYC, 1963〉。長年完全版の発表が求められていた歴史的にも重要なコンサートの録音だ(スタンダード版にもそこから7曲を収録している)。
ディランがその由緒あるホールの舞台に初めて単独で立ったコンサートで、満席の観客は熱狂的だった。その成功は彼がスターの座に就いたと世に知らしめる機会となったが、同時に客層に変化も見られた。それまでのフォーク聴衆よりも若い10代のファンが増えていたのだ。終演後、ファンが楽屋口を取り巻いて叫び声を上げ、その興奮ぶりにディランもちょっと怯えたほどだったそう。社会問題を真剣に考察し、批評する曲を作って歌うアーティストに10代の若者が熱狂する。それまでにはなかった現象で、これまた〈時代は変わる〉と世に強く印象付けたイヴェントでもあった。
全139曲を収録したCD 8枚組に加えて、初出写真や英文ライナーを含む120ページを超える豪華ブックレット、翻訳解説と歌詞・語りの対訳をまとめた日本版ブックレットがパッケージされています!
ボブ・ディランの作品を一部紹介。
左から、62年作『Bob Dylan』、63年作『The Freewheelin’ Bob Dylan』(共にColumbia)