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レペゼン下北沢と地元愛

小野「その時、KOGA RECORDSはもうやってたんですか?」

古閑「やってた。だって今年で創業31年だから」

小野「立ち上げたぐらいの時なんですね」

古閑「だから、当時はレーベルがどうとかではなくて、バンドマンとして主に見られてたような感じ。〈レーベルもやってるよ〜〉みたいな感じだった」

西村「KOGAのロゴは、下に〈EIFUKU〉って書いてあったのをすごい覚えてて。古閑さんは下北にいるんだけど、永福町に住んでたから〈EIFUKU〉っていう」

古閑「その頃から住んでいるところをロゴに入れるっていうのが、絶対に今後来ると思って。ほら、ロンズデールの服にも〈LONDON〉って書いてあるわけじゃない? それと一緒で。で、今は当然だけど下北に住んでいるから、下北沢っていうのをアピールするという流れで。だからKEYTALKも、〈下北沢〉っていうことをアピールするっていうのが絶対に売れる1つの要素だと思ってやりました」

西村「例えば、海外だと〈from USA〉とかいろいろ表記があるじゃないですか。昔、ハイスタ(Hi-STANDARD)が〈from Shimokitazawa〉っていう表記をしてて、かっこいいなと思ったんですよね」

小野「レペゼンする地元があるってかっこいいですよね」

西村「あれを見た時、しびれたなぁ」

古閑「NUMBER GIRLだってそうじゃん。〈福岡市博多区からやって参りました〉みたいな」

西村「絶対に言いますよね」

古閑「やっぱ地元愛じゃないかね。かっこよさがあるよね。メジャーリーグとかサッカーリーグもそうだけど、チーム名に地名が付くからね。これはバンドも同じようにしたら絶対にかっこいいなと。だから、もうKEYTALKは全面的に下北沢に振りました」

西村「すごかったですもんね。商店街にフラッグとかもたくさん展開したりして」

小野「本当に古閑さんのおかげで下北沢により根付けました」

古閑「今、違うところに住んでるけどね」

小野「はい(笑)。でも、下北沢には住んだことはないんですよ。住んだことがあるのは笹塚とか新代田とか明大前とか」

西村「ちょっと近所というか、頑張ったら下北沢から歩いて帰れるくらいのところね。僕も下北沢に住んだことはないんだよね。結局、下北沢は家賃が高いから。バンドマンとかも下北沢で遊んでるけど、結局、下北から自転車で10分、15分とかのところに住んでるよね」

小野「そうなんですよ。下北沢は、僕が越してきた時には家賃が高くて住めなかったです」

西村「俺の時も全然無理だった」

小野「下北からちょっと離れたら部屋が大きくなったりとかするじゃないですか。だったら、そっちにしちゃおうかな〜みたいな感じです」

西村「ちょっと安くてちょっと部屋が広くなったら、楽器や機材も置けるしね」

古閑「これはちょっと無礼な言い方に当たるけど、西村が新代田でライブハウスをやるっていう時に、絶対に無理だなって思った。やっぱり新代田って根付いてなかったから」

西村「これはもうネタで昔から言ってるんですけど、100人に相談したら、1000人に〈やめとけ〉って言われたんすよね(笑)。本当にそんぐらいのレベルで〈大丈夫?〉ってみんなに言われたから。賛成してくれた人、ほとんどいなかったな。

やっぱ、さっきの古閑さんの話じゃないけど、ライブハウスもそうなんですよね。新宿LOFT、下北沢SHELTERみたいに街の名前が絶対に先に来るから、そこにあるっていうイメージがあって。下北で遊んでたうちらですら〈新代田ってどこ?〉〈新代田って聞いたことあるけどなんだっけ?〉みたいな、あの時は本当にそうだったから。それこそ家賃の話になるけど、下北を離れるとめっちゃ安いの。ほんとに全然違う。それもあってね」

小野「FEVERの建物って元スーパーですよね?」

古閑「そのスーパー、行ってたもん。あのスーパー、安かったんだよね。ちょっとB級品みたいなのがあったりとかして。で、上があのスイミングスクールで。下北から散歩するにはすごくいい街っていうのが新代田のイメージでね。今だったらラーメン二郎があったりとか。あとね、新代田にはね、昔STUDIO OKAPIっていうリハーサルスタジオがあったんです」

小野「へ〜、そうなんですね」

古閑「今はないんだけど」

西村「どこらへんですか?」

古閑「代田橋と新代田の間ぐらいで、環七沿いにあった。そこでVENUS PETERの1st(『LOVEMARINE』)はレコーディングしてるんです。リハーサルもレコーディングもできるスタジオだった」

小野「KEYTALKを始めた時には、もう自分の中でFEVERは下北のライブハウスの1個っていうイメージでしたね」

古閑「伝説のライブじゃないけど、KEYTALKが2014年くらいにFEVERやった時はもう人がパンパンで汗だくになって。マジですごかったね」

小野「ロッキン(ROCK IN JAPAN FESTIVAL)に出たかったけど出られなかったので、〈ロッキンの裏でうちらの夏祭りを作っちゃおう〉ってFEVERでやったんですよね。 それで、ワンマンで30曲くらいやって。今でも写真を検索したら全員が汗びっしょりの集合写真が出てくるんですけど、あれはやばかったですね。湿気でアンプが飛んだりして、とんでもないことになってましたね。それも含めてFEVERには本当にお世話になりましたね。

ちなみに、僕は出会った時期的に西村さんがSHELTERにいた頃は知らないんです」