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NUMBER GIRLさまさま

西村「それこそKEYTALKを初めて知ったのは、古閑さんに〈いいバンドがいたから聴いといて〉って言われてもらったのがKEYTALKに改名前のrealのCD-Rで。〈改名したんだよね〉というのが結構そのすぐあとだったような気がする。2010年かな」

古閑「あのね、当時KEYTALKというかrealに関しては誰も賛同してくれませんでした」

西村「〈いいっすね〜〉って感じにならなかった?」

古閑「ならなかった」

小野「FEVERを作った時と一緒ですね」

古閑「こういうファンクというかバンアパ……もどき?」

小野「〈憧れ〉と言ってください(笑)」

古閑「なぜKEYTALKをやろうと思ったかというと、みんな知ってると思うけど、俺はバンアパに断られて、KEYTALKはもうもろにバンアパサウンドだったから、ちょっと観てみたいなって思って。それで観に行ったのが渋谷CYCLONEでのライブ」

小野「2008年2月7日ですね、古閑さんに初めて会った日」

西村「日にちを覚えてるんだ、すごいな。ライブが終わったあとに声をかけられたってこと?」

小野「いやいや、100社ぐらいにデモ送ったんです。その100社ぐらいのうちの1社がKOGA RECORDSで。それで連絡をくれて、ライブを観に来てくれて。その時、ムーヴィング・オンの百瀬(良彦)さんもいらっしゃってて」

古閑「百瀬さんもいたね」

西村「いそう(笑)」

小野「あともう1社ぐらいいたかもしれないんですけど。デモを送って、古閑さんが一番最初にレスポンスをくれて、それで来てくれたライブが2月7日だったから、めっちゃ覚えてて。

古閑さん以外は確か、ほぼすぐ帰っちゃって、古閑さんだけ〈もしよかったらお茶でもしませんか?〉って言ってくれて。当時、まだ未成年で18歳とかだったんで、〈飲めないだろうから〉って言って井の頭線渋谷駅直通の喫茶店に入って。ちゃんとした喫茶店やカフェに入ったこともあんまりなくて、コーヒーが普通に500円とかするじゃないですか。それすら〈高っ!〉と思ってたんですよ」

西村「そうだよね、10代には高いよね」

小野「古閑さんが〈あっ、ここは僕が出すんで〉って言ってくれたので、〈マジすかっ!?〉ってなったんですよ。コーヒー1杯に500円も出してくれる!って。というのが古閑さんとの最初の出会いです」

古閑「当時、僕がいいって思うバンドは、ライブを観に行くと知り合いの事務所・メーカーの人がだいたい誰か観に来てたんですよ」

西村「デモを100社ぐらいに送った中で、KOGA RECORDSは意識して送ったの? 何か好きなバンドが所属していたとか」

小野「正直、あまりレーベルとか事務所とかに詳しくなかったんで、調べて送りました。僕が通ってたMICHI音楽学院っていう音楽教室の先生の教えなんですけど、とにかく『Musicman』(音楽ビジネス年鑑)で気になるアーティストを1人でも輩出してたり関わりを持ってたりするレーベルがあれば、そこにデモを送りなさいと言われて。それで、もう名前とかはわからずに片っ端から全部送ってたんですね。

古閑さんが連絡をくれて初めてKOGA RECORDSを知ったんですけど、リリースしたアーティストに〈SCOOBIE DO、PINKLOOP、NUMBER GIRL〉って書いてあったんですよ。で、〈あっ、全部好きだ!〉ってなって」

古閑「やっぱNUMBER GIRLさまさまだよね! うちに所属したわけでもなんでもなく、CD(『SCHOOL GIRL BYE BYE』)を1枚出させていただいただけなんだけどね」

西村「でも、やっぱNUMBER GIRLの初期はKOGA RECORDSだっていう印象、すごい強いですよね」

古閑「今のバンドだったら、Viewtradeも結局NUMBER GIRLが好きでKOGA RECORDSに来て。だから、今でもNUMBER GIRLさまさまなんですよ。出してよかったなと思ってる。いい奴らだね、あいつら。

リリースした当時は、NUMBER GIRLは絶対に売れないだろうなと思ってて。そしたらめちゃくちゃ売れて、当時スタッフはまだ僕1人だったから、ずーっとCDを出荷してた覚えがある。毎日1000枚とか」

西村「あの時代って、まだ古閑さん1人レベルで稼働してたんですか?」

古閑「1人レベルですよ。その後、社員も入ってきたけど、それでもやっぱり僕のレーベルだし、僕がやらなきゃなっていつも思ってる。

KEYTALKも特に初期は僕が育てたと思ってるし、西村だって僕がいなかったらこうはなっていないかもと思ったりもします」