「アルバム制作の過程は、美しい旅のような感じだった」――2021年にワープと電撃契約を交わしたUKジャズ・シーンの新鋭ナラ・シネフロは、ファースト・アルバム『Space 1.8』の制作をそう振り返る。彼女が作曲や演奏から、エンジニアリング、録音、ミキシングまでを手掛けた本作。そもそもこの謎めいたタイトルには、どんな思いが込められているのだろうか。

 「すべての曲が、それぞれの時間や世界、場所、フィーリングを持っていた。だから、トラックを〈ルーム〉と呼びはじめたの。曲を空間だと考えることで、自分に自由が与えられた感じがした。そしてそのあと、〈ルーム〉という名前を〈スペース〉に変えたの。理由は、スペースのほうがもっとオープンだと思ったから」。

 曲を空間として捉える。そんな考え方と対応するかのように、本作のサウンドにもまた豊かな広がりが感じられる。そこには、ナラが育った住環境も影響しているのかもしれない。

 「家の近くには森があって、鳥たちが会話をする鳴き声をずっと聴いて育ったの。私には、鳥の鳴き声の中に美しいメロディーとリズムが聴こえる。庭に出るといつもそれが聴こえてきて、刺激を受けていた」。

NALA SINEPHRO 『Space 1.8』 Warp/BEAT(2022)

 本作のオーガニックで幽玄な音響世界は、確かに森を彷彿させる。例えば“Space 5”においてナラは、シンセやハープを主体に柔らかなアンビエンスを演出している。

「今回のアルバムがいちばん影響を受けているのはシンセ。使い方を自分で考えたり、新しい発見がたくさんあって楽しかった。シンセという特定のものを使ってどこまでディープにいけるか、一つのものを使ってどこまで広がりを持たせることができるかが自分の中で大きかった」。

一方で、3時間に及ぶ即興セッションの一部を切り取ったというリード・トラック“Space 3”などでは、サンズ・オブ・ケメットのエディ・ヒック(ドラムス)や、ヌバイア・ガルシア(サックス)、シャーリー・テテー(ギター)などUKジャズ・シーンのキーマンたちとのスリリングな演奏も聴かせてくれる。

「アルバムのプロセスで大きな役割を果たしてくれたのは、共演した素晴らしい人々。彼らがいないとこんなに素晴らしいアルバムは出来なかったと思う。彼らとセッションをして、私がそれをブツ切りにして、シンセを加えてプロデュースした。“Space 2”と“Space 4”“Space 6”“Space 8”は私がピアノで作って、譜面をバンドに渡してプレイしたの」。

 一人での作り込みと、他者とのセッション。まったく異なる二つの作業の成果を巧みに織り合わせることを可能にした、ナラのしなやかな音楽的センスはどのように育まれてきたのだろうか。

 「音楽好きの家庭だったから家の中にはCDも楽器もたくさんあって、それを自然に吸収していたの。6歳のとき、私はヴァイオリンにハマって2年くらい習った。でも自由を奪われた感じのレッスンだったから、音楽を習うのが嫌になっちゃって(笑)。脳じゃなくて、ハートや耳で音楽を勉強したいという気持ちが強くなったの。13~14歳くらいまでフィドルを習ったんだけど、その先生はすごく良かった。そのあと高校に行ってジャズも勉強した。そこで楽譜の読み方や音の仕組みなんかを改めてちゃんと勉強したの」。

 ナラはまた「聴いて学習するのではなく、読んで学ばないといけない音楽は私にとっては窮屈」とも言う。その語りぶりからは、音楽家としてのスケールの大きさが窺える。最後に彼女は、これからのヴィジョンを明かしてくれた。

 「いまは、自分が学んできたことを自由に使って音楽を作りたい。知識をツールとして使っていけたらいいなと思う。私は5歳から音楽をプレイしているんだけど、その頃が自分のベストだったと思うの(笑)。ハートでサウンドをプレイしていたから。私はいつも、あの頃のピュアな部分を取り戻そうとしているの」。

 


ナラ・シネフロ
マルティニーク系ベルギー人の作曲家/プロデューサー/演奏家。フォークやジャズに親しんで育ち、16歳の頃にペダル・ハープの演奏を始める。その後ロンドンを拠点にスチーム・ダウン周辺で活動を開始し、2020年にディメイの“Seasons Change”に客演。2021年にNTSよりライヴ音源『Live At Real World Studios With Edward Wakili-Hick & Dwayne Kilvington』をリリースし、ワープとの契約を発表。前後してロバート・エイムス“Tympanum”での演奏やヌバイア・ガルシア“Together Is A Beautiful Place To Be”のリミックスも手掛ける。9月に配信と限定LPで発表したファースト・アルバム『Space 1.8』(Warp/BEAT)が2022年1月14日に日本盤CDでリリースされる。