ビーチ・ボーイズに愛を託したブライアン・ウィルソンの秘蔵音源が登場!
昨年の6月11日、天に召されたブライアン・ウィルソン。ビーチ・ボーイズの創設メンバーとして音楽シーンに不朽の功績を残してきた彼だが、その偉才を顧みる際に、初期のめくるめくヒット・ナンバー群を思い出すのか、あるいは『Pet Sounds』や幻の『Smile』に象徴されるスタジオ・ワークの数々を想起するのか。いずれにせよ、その両極を併せ持っていたことがビーチ・ボーイズというバンドをここまで特別な存在たらしめてきたのは間違いない。そんなバンドの複雑な歴史において、必ずしもフェイヴァリットに挙げられることはないものの、ディープなファンの心を掴んで離さない作品のひとつが77年に発表された『The Beach Boys Love You』だ。そして、その前作『15 Big Ones』(76年)も含むこの時期の音源をレア曲や未発表曲も含めて満載したのが、このたび登場したばかりの『We Gotta Groove: The Brother Studio Years』である。貴重な発掘を含む編集盤としては近年の『Feel Flows』や『Sail On Sailor』に続くものだが、それらが他メンバーの奮闘が目立つ時代の記録なのに対し、今作はブライアン個人の創作がより重要な時期の記録になるわけで、図らずも追悼企画盤としても機能する内容になっている。
妥協と成功
前提として、当時のビーチ・ボーイズを巡る状況に触れておこう。70年にブラザー/リプリーズに移籍してからのバンドは、ブライアンの関与度が減少するなかで、メンバーの脱退や加入を経験。73年6月に元マネージャーでもある父のマリー・ウィルソンが逝去するとブライアンは寝室に引きこもり、薬物やアルコール、煙草への依存や過食に陥ってしまう。並行してバンドはツアー中心の活動に切り替え、スタジオでのレコーディングを行わない時期が長く続いた。
そんななか、74年に古巣のキャピトルが出したベスト盤『Endless Summer』は全米1位を記録して300万枚以上のセールスを上げるという予想外のヒットを記録。前年に公開された映画「アメリカン・グラフィティ」(彼らの“Surfin’ Safari”も使用された)の大ヒットで60年代へのノスタルジーが高まった効果もあるのか、彼らも往年の楽曲やライヴが高く評価されるようになったのだ。
そうした人気の再燃に乗じて久々にアルバム制作に乗り出した彼らは、74年10月にコロラド州ネダーランドのカリブー・ランチ・スタジオでおよそ2年ぶりのスタジオ・セッションを敢行するが、ブライアンがLAの自宅に帰ることを望んだために数曲を録るのみでレコーディングは中断(さらに火災でテープの一部が焼失)。バンドはブラザー・スタジオをサンタモニカに新設し、11月からレコーディングを再開した。そこから12月末に発表したクリスマス・シングル“Child Of Winter”(別掲の編集盤『Ultimate Christmas』に収録)はブライアンがプロデューサーとしてクレジットされた66年以来のビーチ・ボーイズ作品となっている。
75年を通じてバンドはシカゴとの共同ツアーを成功させるなどライヴに注力していく一方、悪名高い心理学者ユージン・ランディのセラピーに参加したブライアンは(この段階では)治療の効果で精神が安定して社交性が回復したと見なされ、レーベルやマネジメントの期待を背負って『Pet Sounds』(66年)ぶりにアルバムの単独プロデュースを託されることになった。これに並行してブライアンの前線復帰を盛り上げる〈Brian Is Back!〉という大掛かりなプロモーション・キャンペーンが仕掛けられるが、時間的な制約に追われながら実質的な制作は76年初頭からブラザー・スタジオにて急ピッチで進められていた。
かくして予定より大幅に遅れて76年7月に届いたのが、バンドの15周年を象った『15 Big Ones』だ。当初ブライアンはオールディーズのカヴァー集とメンバー作の楽曲集という2枚組を望んでいたそうだが、意見の相違もあって“It’s O.K.”などのオリジナルとファイヴ・サテンズらのカヴァーが半々ずつを占める構成に着地。サウンド的にはモーグ・ベースとARPのストリングス・アンサンブルを駆使しながら演奏面では大半をブライアンが担当。生活の乱れから往年の繊細なファルセットを失った歌声の不調もありつつ、『15 Big Ones』は全米8位まで上昇する大ヒットとなり、チャック・ベリーのカヴァー“Rock And Roll Music”も全米5位を記録、と振り返ってみればこの時期では突出した成功作となった。
