既存名曲の意味を問い直す彼らの演奏には、また次の曲を聴きたくなる魅力があふれている
ベルリン・フィルと新首席指揮者キリル・ペトレンコによる初のボックス・セット。収録曲中、唯一発売済みのチャイコフスキーの“悲愴”で感じられたこと、即ち彼の音楽作りがまったく正攻法で、しかも音の意味や存在理由を徹底的に考え抜き、ベルリン・フィルの類い稀な音楽性と合奏力を背景に、作品のプロポーションやスタイルを歪みなく、明快に描き出すやり方が、全ての曲目で高いレヴェルで達成されている!
例えばベートーヴェンの交響曲第7番。これまで様々に〈解釈〉されてきたこの名曲を、彼はまったく芝居気なく開始する。しかし、その響きは楽譜を再現できるほど見通しが良く、かつ刻々と変化する楽器配合の妙が万華鏡のような音色の変化を生んでいる。主部プレストに入るや、生命力に満ちたリズムに乗って、輝かしい音響がクレッシェンドとともにぐんぐん膨らんでゆくスリルに、聴いていて目頭が熱くなるほどだ。ベルリン・フィルも彼の指揮にまったく魅了されているようで、スター奏者たちが誰一人として個人プレイに走ることなく、演奏に没頭している様子が音からも映像からも実感できる。
〈人間の酸いも甘いもを包括し、表現した音楽〉と捉えて演奏されたベートーヴェンの第9は、62分弱という快速テンポで劇的起伏の激しい表現が展開されている。始めの3楽章を異なる世界観をもったトリプティークとして強烈な対照を持って描くことで、それらを終楽章で強靱な意志とともに克服し、理想世界たる“歓喜の歌”を高らかに歌い上げる作品のドラマが際立つこととなった。
このように既存名曲の意味を問い直すような彼の演奏は、それ故にアプローチが楽曲により異なり、それがまた次の曲を聴きたくなる魅力となっている。一方で新しいレパートリーにも力を注ぎ、このセットでのシュテファンとシュミットでの作品演奏に結実した。今後はメンデルスゾーン、スークに取り組むとのことで、早期の実現を期待したい。