
田辺昭知、加藤充、かまやつひろし、大野克夫、井上孝之、堺正章、井上順らが所属したグループサウンズを代表するバンド、ザ・スパイダース。彼らの1stアルバム『ザ・スパイダース・アルバムNo.1』が1966年4月15日にリリースされてから、60年が経った。かまやつを中心に自作したオリジナルがほぼ全曲を占めることなどから、日本のロック史における重要盤とされる本作。GSを愛し、ザ・スパイダースの曲をカバーした経験もある暴動クラブのボーカリスト釘屋玄に本作について綴ってもらった。 *Mikiki編集部
LOUDでMADな日本産ガレージパンクとの出会い
高校生のとき、どうやら自分は〈ガレージロック〉なるジャンルが好きだと気づいて、色んなコンピ盤を聴きまくっていた。
その中に『CULT GS BOX』というコンピ盤があった。
それまでは、〈昔に、日本でロックンロールをやっていたバンドがチラホラいたらしい〉程度の認識でしかなかった自分は、そのコンピの最初の方に入ってた“メラ・メラ”を聴いた時にブッたまげた。まさに、LOUDでMADな〈ガレージパンク〉だった。
色々、音楽遍歴の中で転機になった音楽はありますが、〈日本のガレージロック〉として、自分の中で大きな割合を占めるザ・スパイダースのアルバムについて寄稿でき、とても光栄です。
ビートルズ来日前夜、極東で鳴っていた尖ったロックンロール
さて肝心のトピックである『ザ・スパイダース・アルバムNo.1』であるが、1966年4月15日発売らしい。
ロックンロール後追い勢なりに調べてみたら、ビートルズの『Revolver』、ローリング・ストーンズの『Aftermath』より数ヶ月前らしい。ビックリ。
1966年といえば、ビートルズ来日前夜、世界中で〈ロック〉という概念が爆発的に進化していた時代である。そんな時代に、極東の島国でこれほどまでに尖ったロックンロールが鳴らされていた事実。
オモロくてノれる三三七拍子ビート
アルバム最初の曲、“フリ・フリ’66”。暴走列車みたいなドラム、血管がはち切れそうなシャウト、〈デンデケ〉してるギター、間奏のギターバトルもカッコいい。英語詞なのも、〈トーキョー・サウンド〉を標榜していたザ・スパイダースの世界への挑戦なのだろうか。カッコいい。
続く“ノー・ノー・ボーイ”は、西海岸というよりトーネイドーズとかの湿り気を帯びたサーフバラード。個人的には〈鎌倉サーフ〉と呼びたい哀愁がある。
A面、特筆すべきは全曲、ドラムス前田富雄氏による、三三七拍子で押し切られている。
三三七拍子は三(休符一)三(休符一)七(休符一)と言えるらしく、四四八拍子、言ったら四拍子の変形、らしい……。
ふつうのビートでもいいところをあえて三三七拍子にしてるおかげで、ドラムリフ+ギターリフ、みたいな形で曲が成立していて、今聴いても最高にオモロくて、ノれる。ガレージロックは一にファズギター、二にシャウト、三四がなくて五にオモロだと思っている自分にとっては、最高。
