美しい情景を共有する喜び
ただし、この日のライヴがただノスタルジーを刺激するだけのものになっていないことは強調しておきたい。2024年のスプリングスティーンだからこそ出せる音として、過去の楽曲が演奏されているのである。まず圧倒されるのは、Eストリート・バンドによるエネルギー溢れるアンサンブルだ。とりわけブラスのリフは高揚感に満ちており、祝祭感を強調する。そして何より、スプリングスティーンその人の歌。瑞々しさではなく迫力と渋味を備えたいまの声で、ソウルフルなメロディーを高らかに響かせる。枯れるどころではない。大会場にいる観客ひとりひとりの身体が芯から震えるような力強さが最初から最後まで続くのである。
全30曲の中にはハイライトが山ほどある。『The River』(80年)からの人気曲“Hungry Heart”、『Nebraska』(82年)からの“Atlantic City”、『Born In The U.S.A.』(84年)からの“Dancing In The Dark”といったキャリアを通じての代表曲の盛り上がりはやはり凄まじいものがある。ただ、感情的なクライマックスはアズベリー・パークならではの選曲にあるだろう。レアなナンバーとしてセカンド・アルバム収録の“4th Of July, Asbury Park (Sandy)”がピックアップされており、スプリングスティーンはこの曲をEストリート・バンドの創設メンバーの一人であり、2008年に亡くなったダニー・フェデリチに捧げている。青春の日々への別れを告げるバラードを、スプリングスティーンは慈しむようにゆったりと歌いあげる。そこでは悲しみだけでなく、歩んできた道に対する誇りも滲んでいるだろう。
2時間半近いセットのなかで、スプリングスティーンは現在のアズベリー・パークの活況に言及している。LGBTQコミュニティーの貢献もあって、寂れていた街が元気を取り戻したのだと。そのことを観客と共に祝福するように、アンコールでも次々にキラー・チューンを投下していく……“Jungleland”“Born To Run”、そしてライヴで定番の初期ナンバー“Rosalita (Come Out Tonight)”。スプリングスティーンはここで、あらゆる過去と現在を等しく讃えてみせるのだ。
トップ・ノーツやビートルズで知られる“Twist And Shout”のカヴァーで思いきり弾けたあと、この日最後に演奏されたのはトム・ウェイツの“Jersey Girl”だった。打って変わって穏やかな声で、スプリングスティーンはニュージャージーを舞台にしたラヴソングを歌う。スプリングスティーンの音楽の美しさは常に情景を鮮やかに浮かび上がらせるところにあり、そして本作には、それを共有することの喜びが刻まれている。
2026年も全米を回る新たなツアーを行っているスプリングスティーン。ライヴについて「毎回燃え尽きるまでやりたい」と語っている彼が止まることはまだまだないだろう。だからこそ、いまのスプリングスティーンが日本でも観られれば……と願わずにはいられないが、本作を聴いている間は、その瞬間に没入することができる。ここにはスプリングスティーンと観客とで繰り広げられる活気に満ちたコール&レスポンス、Eストリート・バンドの熱を帯びたアンサンブル、そしてその夜のアズベリー・パークの少しばかり感傷的な空気までが収められていて、そのすべてが眩く輝いている。 *木津 毅
『Live From Asbury Park 2024』で演奏されている楽曲を収録した作品。
左から、73年作『Greetings From Asbury Park, N.J.』『The Wild, The Innocent & The E Street Shuffle』、75年作『Born To Run』、78年作『Darkness On The Edge Of Town』、80年作『The River』、92年作『Lucky Town』、2002年作『The Rising』、2007年作『Magic』、2012年作『Wrecking Ball』(すべてColumbia)、パティ・スミス・グループの78年作『Easter』(Arista)、ビートルズの63年作『Please Please Me』(Parlophone)、トム・ウェイツの80年作『Heartattack And Vine』(Asylum)