「記憶の在処」
前を見よ!
振り向くな!
いつも源を求めていては
亡びてしまう
ニーチェ「遺された断想」
この偉大な哲人も声高に警告するように、われわれに求められているのは、前を、未来を見据えることなのだと、1つは最近の生活の中で、もう1つは主に今回のアメリカ滞在で、思い知らされました。まず一つ目は、昨今、2015年も上半期が過ぎたというのに、イギリスやヨーロッパ、アメリカでは〈サイケデリック〉という言葉が過剰に権力を持ちはじめていて。
音楽面のみならず、服装や髪型、メイクなども含めて、界隈の若い子たちはみな70年代に流行した格好を真似て、ですね、iPhoneとレコードとの両方で、当時の音楽を聴くわけです。殊更このイギリスにおいては、国民的なスポーツであるフットボール(日本語でいうサッカー)において、イングランド代表チームがワールドカップで優勝した1966年のことを未だに誇らしげに語るレヴェル、なので、相当に懐古主義な、粘着質な傾向がある、とぼくは見ています。
この状況を憂いているのは、決してぼくだけではないはずなのですが、あんまり名指しや具体的に、また文面で真っ当に批判できる自信がないので止めにします。なんかネチネチしていまいそうですし、今回の趣旨とはまったく関係ないので。ほんだら話すなや、と言われるのも無理はありませんが、なんか言いたかったんです。ご容赦を。
ということで本題。音楽の事情、もさることながら、もう一つには、ですね。源を求める=思い出す、という誰もが日常的に行う作業が今回のツアーでは非常に困難になり、思い出す事象自体が、起こっていない、ような不思議な感覚に囚われながら、3週間ほどアメリカをツアーしました。まあ、非常に端的に申し上げますと、飲酒による記憶の破壊、であります。
元来、記憶を断片的に無くすことはぼく個人には数年前から頻発していたのですが、今回は、ですね、同じ夜、同じタイミングで(つまり、ある一定の瞬間から)、われわれのうち3人がそっくり見事に記憶をなくす、という事態が発生しまして、明くる日、集合した時の二日酔いを除けば、ある種の爽快感にも似たその感覚たるや筆舌に尽くしがたいほどでした。さも、何事もなかったように振る舞う、あの感じ、です。断っておきますが、過度の飲酒、それが肝臓や脳に与える悪影響は皆さんご存知の通りだと思いますので、別段特筆しませんが、なにも、飲酒を賞賛しているわけではまったくありません。めいめい、自己責任で。出来事が、起こったのか、起こっていないのか、という混乱、特に日常を離れたツアー中という、時間も、言語も、異なる環境で起こった、あの酩酊時の無敵感=バッカス化が、おもしろおかしかったというだけです。酩酊の神となり、眠りの神となる過程が。
さて、今回もツアーやその合間において〈何が起こったか〉だけを知るならば、各種われわれのTwitter、Facebook、Instagramなどを順に追っていって頂ければ、まず問題ありません。われわれのツアー・マネージャー兼ドライヴァー、兼PAという大仕事を平然とこなしてくれた、カナダの守護聖人マーカス、そしてTVオン・ザ・レディオのメンバーはもちろん、クルーに至るまで、みんな聖人の集まりかと思うほどイイやつらばかりで、大変甘やかされたツアーでした。すべてを語ってしまうと、われわれが調子に乗ってきている、とも思われかねない内容。それはつまり一緒に働いた皆の優しさに依るところが大きいのですが。ですので、想像に留めておいてください。でももちろん、ちゃんとぼくらも頑張ってきたんですよ。楽しみながら、記憶もなくしながら、というのが少し寂しいですが、大事なところはちゃんと覚えています。ご安心を。ので、ツアーで起こった、あまり語られなかった部分のお話を、すこし。
TVオン・ザ・レディオはNYのブルックリン出身のロック・バンドで、高校生くらいの時にデビューしたのを覚えています。にもかかわらず、不真面目ながら一緒にツアーするまでほとんどまともに聴いたことがなく、ツアー前は正直そんなにエキサイトしていませんでした。初日のノースカロライナ州アシュヴィルの会場入りして楽屋に入るやいなや、メンバーみずからがわれわれに挨拶にきてくれました。もうこの時点で違うわけです。われわれがこれまでに経験したサポート・バンドとヘッドラインのバンドの関係性、というのが。いや、本当にみんな気さくでできた人たちでして、一緒に飲みに行ったり、後述しますが終演後に一緒にジャムしたり、とライヴ以外の部分でも一緒に楽しめることができました。
このアシュヴィル、特筆すべきはかのシンセサイザー・メーカー、Moogの本拠地であること。オフィス、そしてすべての部品からプロダクトを職人たちが製造するファクトリーがあり、共通の友人の紹介でアーティスト・リレーションのマネージャーであるJasonに招かれて、ぼくとコウヘイ君で見学に行ってきました。Jasonは前夜のわれわれのライヴにも来てくれて、翌日出発が早かったので半ばMoog見学はあきらめていたのですが、朝イチでもいいならぜひとも!ということで、彼のいきつけのカフェで朝食(アシュヴィルという街は小さな街ですが、古着屋やレストランやカフェ、レコード屋が乱立するすてきな街でした)、その後工房を見学させてくれることになりました。
職人さんたちの手で、さまざまなシンセやテルミン、モジュラーがひとつひとつ組み立てられていく様は感動的ですらありました。ぼくはシンセサイザーは弾かないのですが、朝の弱いコウヘイ君もこれには大興奮で、ふたりとも終始にんまり。一番最初に製作されたMoogのモジュラー・シンセの復刻版も製作中で、歴史の始まりを目の当たりにして感慨にふけったものです。最後はスタジオに通してもらい、Moogの近年のラインナップであるコンパクト・エフェクター、Minifoogerをいろいろ試奏。余談ですが、このスタジオでミュージシャンを招いてMoogの機材を使ってレコーディングする〈Moog Session〉という、もはや〈祭事〉も行われていて、前夜は友人であるトロ・イ・モワがレコーディングしていました。
はっきり申し上げて、この後のルイヴィルあたりからNYあたりにかけて記憶喪失になっていくのですが、ルイヴィル(スリントの出身地!)で終演後、TVオン・ザ・レディオのヴォーカルのTunde、ギターのKyp、ドラムのJahと歓談し、この時点ですでに酩酊気味だったのですが、勧められたウイスキーを呑んだ後から、楽屋にある椅子を用いたジャム・セッションへ発展(したと後に発覚)します。Tundeがこの模様を携帯のムーヴィーで録画していたので、ぜひこれ、観てほしいのですが、残念ながら未だ送ってもらってません。ので、Instagramを利用されている方は、ぜひTundeのページでご覧になってください。はっきり言ってこの映像を観た時、驚くどころか、むしろ逆に、まったくしっくりきませんでした。あれ。なんだろう。これ。こんなことあったっけな。ぼくらによく似た人なのかな。数秒間、考えました。待てよ、そうだ一緒に楽屋で呑んでたな、確かウイスキーをもらって……そう、このウイスキーがおそらくではありますが、われわれの記憶喪失の引き金だったのでは、とみんなの意見は一致しています。さらに、自分の携帯に見慣れない写真が10数枚追加されていまして、見たこともない黄緑の馬にまたがる自分たちが確認されました。こうなるともう笑っていいのか、不安に思えばいいのか、複雑でして、今思えば良き〈思い出〉です。海馬は家出したままです。
ここらで終わりにしましょう。いつものCafe Otoで2杯目の珈琲を呑み終えたところなので、ビールにスイッチします。夏にかけてヨーロッパ各地でのフェス、日本の〈SUMMER SONIC〉での〈HOSTESS CLUB ALL-NIGHTER〉とイヴェント続きですが、これからは思い出すことに必死にならなくてもいいように、前へ前へ、未来のために、精進していきたいと思います。最後に、アメリカの写真を少し。
ではごきげんよう。
Yuki
PROFILE/BO NINGEN
Taigen Kawabe(ヴォーカル/ベース)、Kohhei Matsuda(ギター)、Yuki Tsujii(ギター)、Akihide Monna(ドラムス)から成る4人組。2006年、ロンドンのアートスクールに通っていたメンバーによって結成。2009年にアナログ/配信で発表した 『Koroshitai Kimochi EP』が現地で話題となり、UKツアーのみならず、日本盤の発表後は日本でのツアーも成功させる。2011年にミニ・アルバム『Henkan EP』、2枚目のフル・アルバム『Line The Wall』をリリース。〈フジロック〉やオーストラリアの〈Big Day Out〉、USの〈SXSW〉〈コーチェラ〉といった各国の大型フェスへ出演し、ますます注目を集めるなか、2014年に最新作『III』をドロップ。さらに、37分に及ぶ大曲となる盟友サヴェージズとの共作シングル“Words To The Blind”(Stolen/Pop Noir)をリリースしている。現在THE BAWDIESのヨーロッパ・ツアーに同行している彼らは8月に再来日し、8月15日(土)の〈SUMMER SONIC 2015〉内で深夜に行われる〈HOSTESS CLUB ALL-NIGHTER〉に出演! そのほか最新情報はこちらへ!