この道はどこから来て、どこへ向かうのか。〈孤立主義〉を意味する前作『Lonerism』での成功からおよそ3年、サイケ・ロック人気に火を点けた一匹狼は、現在どんなランドスケープを眺めているのだろう……

 

サイケだとは思わない

 2008年のEPデビュー以来、着実に支持を広げ、2012年に地元オーストラリアのモデュラーより発表し、世界中の主要音楽メディアが絶賛した2作目『Lonerism』をきっかけに、一躍時代の顔となったテイム・インパラ。バンドの中心人物であるケヴィン・パーカー(ヴォーカル/ギター/カズー)は、その後、ケンドリック・ラマーとコラボしたり、マーク・ロンソン『Uptown Special』に参加したりと、類い稀な才能を遺憾なく発揮してきた。

 「何が印象的だったかって? 突然訊かれてもわからないな。俺の頭のなかのカレンダーって、まったく機能していないんだ。覚えているのは、この3年間のほとんどをツアーに費やしていたことくらい。でもマークとの作業は最高だった。彼は飛び抜けて素晴らしいプロデューサーだからね」(ケヴィン:以下同)。

TAME IMPALA Currents Fiction/HOSTESS(2015 )

 このたび完成したサード・アルバム『Currents』には、過去3年間に渡るケヴィンの多様な音楽旅行の軌跡がパッケージされ、現在の彼を確認/体感できる仕上がりに。レーベルを移籍し(UKではフィクション、USではユニバーサルがライセンス・リリース)、そして「このほうがスピリチュアルでエモーショナルな経験ができるから」とソングライティングはもちろん、アレンジのすべてをケヴィンひとりで担った一枚だ。なかでも強く感じられるのが、ソウルフルなグルーヴ感。マーク・ロンソンとのレコーディングで得た感覚が、楽曲制作に大きく影響しているのではないだろうか。

 「彼の音楽は好きだし、作業の進め方も気に入っている。マークからは多くを学んだよ。いろいろな音をひとつにまとめる方法は特にそうだね。俺には自分なりのやり方があったんだけど、彼との作業を通じてもっとたくさんの方法があることを知った。あれは刺激的だったな。でも、マークのアプローチがこのアルバムに影響しているかどうかはわからない。たぶん答えはノーだね。バンドの曲作りは、それとは別モノだから」。

 これまでテイム・インパラのサウンドは、〈サイケデリック〉や〈ドリーミー〉と形容されることが多かった。今回はそうしたムードを活かしつつ、前2作と比べて隙間を大事にしながら緻密に音を構築している印象を受け、曲に緩急が出てきたような気がする。

 「音を作る時、俺は周囲の声をシャットダウンするんだよ。そのほうが、クリエイティヴになれるからね。実は俺自身、前作がサイケデリックだとは思っていないんだ。でもみんなはあのアルバムを〈サイケデリック〉と表現する。サイケデリックな音っていうのは自分で意識して作るものじゃないし、何がサイケデリックと見なされているのかも正直よくわからないんだ。で、このアルバムではサウンドに対してクレヴァーなアプローチができたと感じているよ。ひとつの要素にフォーカスし、それを強化することができたからね。前作は、ギターとキーボードを同時に弾くとか、凄くゴチャゴチャしていたしさ。うん、今回のほうがシンプルなんだ」。

 

お前は変わった

 アルバム・タイトルには文字通り〈現在〉という意味も込められているそうだが、「ここには自分じゃコントロールできない原動力(Driving Force)というニュアンスが含まれている」とケヴィンは語る。そう言われてみると、収録曲からはプリミティヴなパワーも感じたりして……。

 「そのほか、〈Currents〉は海流(=Ocean Currents)みたいに壮大なスケールを表現する言葉でもあるし、目には見えない、感情的なものも示しているんだ。タイトルはアルバムが完成してから付けたんだけど、〈自分にとってこの作品がどういう意味を持っているのか?〉って考えた時、この言葉が思い浮かんだんだよ」。

 そんな本作は8分にも及ぶ大作“Let It Happen”で幕を開ける。細かく刻まれたドラムやメロディーに躍動感やポップ性があるせいか、筆者は自然と曲の世界に引き込まれ、時間の長さを忘れてしまった。

 「メロディーやコードを突然思い付いてね。実際に出来上がってみると、まるで旅をしているような感じがしてさ、気に入ったよ。俺はランドスケープのある音楽が好きであると同時に、ポップ・ミュージックが好きだから、〈ポップ〉と形容されてもまったく気にしないよ」。

 また4曲目“Yes I'm Changing”は、浮遊感のあるシンセサイザーの音色から次第に雑踏のノイズが加わり、いわば夢の世界から現実に引き戻されるようなサウンドへと移行していく内容だ。前作での高い評価を受け、徐々に変化していくケヴィンの心模様を感じさせるのだが……。

 「そうだね。これは自分自身の変化を誰かに対して認めているっていう内容だよ。誰かが〈お前は変わった〉とずっと言ってて、自分はそれを否定し続けてきたけど、もう否定することはせずに認めてしまおうって感じかな。本当は中身について詳しく語りたくないんだけど……自分にとってアルバム中でもっともパワフルな曲で、自分自身をいちばん詰め込んだ曲だと思ってる」。

 ほかにも、ユニークなヴォイス加工を施したケヴィンの朗読を交え、過去の痛烈な思い出を蘇らせる“Past Life”など、彼のパーソナルな経験から生まれたナンバーが多いのも本作の特徴か。アートワークについて「平たい、落ち着いた環境に波紋や動揺をもたらすもの」と話してくれたが、このコメントがアルバムの魅力を的確に表している気がしてならない。何度も聴き返しているうちに、これまで謎に包まれていたケヴィンの人柄が見えてくると共に、心の葛藤だったり、一見何事もない日常の風景のなかに潜む歪みやズレまでもが浮き彫りになるような感覚を味わえる。『Currents』は実に深みのある作品だ。