ロックンロール? ポップス? パワーポップ? オールドタイムな感覚も持つスウィートなロックンロールで90年代の終わり頃から今日までマイペースに活動し、東京のロック・シーンを飄々と生き抜いてきたBeat Caravanがセカンド・アルバム『Odd Harmony』をPヴァインからリリースした。このアルバムは、まずスペインのレーベルであるサニー・デイ(Sunny Day Records)からLPでリリースされ、日本盤CDの方がライセンス盤という、いわば逆輸入的な形だ。僕のレーベル、Target Earthで彼らのミニ・アルバムをリリースしたこともあり、ついにここまで来たか、という感慨もありつつのインタヴュー。NRBQ、ビーチ・ボーイズ、シー&ヒムなどのキーワードにピンと来た人はぜひ読んで、そして聴いてみてほしい。Shooge、 Miho、 Matt、 Bobのメンバー4人に話を訊いた。

Beat Caravan Odd Harmony Sunny Day/Pヴァイン(2015)

 

〈Odd Harmony〉は、ちょっといびつで整ってないイメージ

――まず、この新作『Odd Harmony』について訊きたいんですが、スペインのサニー・デイというレーベルからLPが出た経緯は?

Bob(ギター/ヴォーカル)「もともと話があったのが2011年じゃなかったかな」

Matt(ドラムス、コーラス、ピアノ)「前作のアルバム『On Parade』が2010年に出まして」

Miho(ベース/ヴォーカル)「(『On Parade』の曲を)Bandcampで聴いてくれたみたい。それで、自分たちの次のリリースをBeat Caravanにしたい、スペインと欧州に紹介したいと言ってくれて」

Matt「彼らはそれまでスペイン国内のバンドしかリリースしたことがなかったんだけど、初めてスペイン以外のバンドを出したかったらしくて」

――そのレーベルのことは知っていたの?

Matt「まったく知りませんでした」

Bob「サニー・デイについては、(Pヴァイン担当の)柴崎くんに訊いたらロス・インポッシブルズの名前が出てきて、〈おお、ピーター・ホルサップル(dB'sのメンバー)がプロデュースしたバンドをリリースしてるレーベルじゃないか!〉と興奮しましたが……Losが名前に付く違うバンドで、勘違いでした(筆者注: Los Valendasのこと)」

dB'sの2014年作『Falling Off The Sky』収録曲“World To Cry”

 

Shooge(ギター/ヴォーカル)「もちろん大喜びで、〈是非お願いします〉と返事しました」

Matt「そもそも、2010年にアルバムを出して、その次になにかを出そうとか、なんにも考えてなかったし。だからオファーをもらって、じゃあなんか作ろうか、と」

Bob「レコードを出してくれるというので、こちらは〈シングルにしますか?〉と返事したんだけど」

Shooge「向こうはなんでもOKという感じで。待ってくれるならということでフル・アルバムをLPでということになりました」

――サニー・デイからアルバムが出たのは2015年の話でしょ。だいぶ時間がかかったんだね。

Matt「曲を揃えてレコーディング開始するまでにも結構な時間がかかってしまって、先方にはよくぞ気長に待っていただきました。あとはメールのやり取りに時間をかけ過ぎていたところもあります。お互いに結構のんびりというか……」

――そもそも、サニー・デイはBeat Caravanのどんなところに魅力を感じたんだろう?

Miho「レコーディング前にデモを送ったら、レーベル・オーナーの2人で聴いて〈全曲すごく気に入ったよ〉とメールをくれたね」

Shooge「でも、そのレーベルの(他のリリースを)聴いてみると、オルガン・ガレージという雰囲気の作品が多いようで。そういうバンドは日本にだっていっぱいいるはずなのに、よくぞというか、とにかくありがたい話です」

――じゃあ『Odd Harmony』が日本盤で出ることになった経緯は?

柴崎(Pヴァイン担当)「海外のレーベルから新作のLPが出るという話はなんとなく聞いてたのですが、Bandcampで試聴したらこれがめちゃくちゃ格好良かった。それで、どうやら日本のレーベルがCDを出さないようなので、ウチで出さないか? と声をかけました」

――バンドと柴崎さんもはもともとお知り合いなんですよね?

柴崎「そうです、Bobくんが(大学の)同級生で。あと、他のメンバーの皆さんも時代は違いますが、同じ大学の音楽サークルにいたりしたので」

――録音/ミックス/マスタリングを担当した中村公輔さん※も旧い知り合いだとか?

※サウンド・デザイナーとしてKangaroo Pawなどの名義で活躍。レコーディング・エンジニアとしてtoe、フルカワミキ、ツチヤニボンド、入江陽などを手掛けている

Miho「そう、私の大学1年のときのクラスメート」

Matt「前の『On Parade』も担当してもらったので、もう一回お願いしました。あのときもいい感じだったので、あんまり他の選択肢は考えていなかったような気がします」

――それで少し話を戻すと、サニー・デイから話があってから録音に入ったということでいいのかな。それとも、先に曲作りをはじめていた?

Matt「何曲かは(ストックが)あったんだけど……」

Bob「いや、ほとんど曲はなかったような気がする」

Matt「とにかく、慌てて曲を作ったんだよね。それで2013年の夏にレコーディングした。このアルバムは、(Beat Caravanにとって)オーダーをもらってから曲を作った初めての作品なんですよ。これまではすでにあったもの(曲)のなかから、機会があったときに出していたんだけど、今回はアルバムを(前提にして)意識しつつ曲を書いた気がする。全体の構成を考えながら〈こういう曲があったらいいな〉みたいに」

――となると、アルバムの構成もコンセプチュアル?

Matt「そういうのでは全然ないけど」

Miho「でもストーリーがあるし、アルバム・タイトルは結構前に付けてたよね」

――タイトルの〈Odd Harmony〉にはどんな由来が?

Matt「前作が『On Parade』だったから、なんか響きが似た感じがいいかなと。それと、ちょっといびつで整ってないイメージ。少しずれている感じ?」

Miho「実際、(Beat Caravanの曲は)〈Odd Harmony〉(おかしなハーモニー)だからね」

――そのタイトルが合ってると思ったな。

Matt「いいですよね? タイトルが一番気に入ってます(笑)。もうひとつお薦めが(日本盤に2曲収録された)ボーナス・トラックなんです」

――ボーナス・トラックらしいボーナス・トラックだったね。

Miho「そう、ボーナス感!」

Matt「あと〈本編から外れた感〉もあるでしょ」

――今回はBobの歌う曲が増えてるよね?

Matt「前作では1曲だったのが今回は4曲ですから、大幅増ですね。ライヴではShoogeがメインですが、Bobがヴォーカルをとることも増えてきていましたし、自然の流れでしょうか。あとはアナログLPを作るなら、両面6曲ずつの全12曲、トータル30分くらいにしたかったんですよね。15曲以上入っているアルバムだと(曲を)全部覚えられないし、大体途中で飽きてしまうので。それに、そのほうが各曲の個性も際立つかなと思って。さらに、ザ・バンドやインクレディブル・カジュアルズ、NRBQ、あとはビートルズみたいに、フロントの3人がヴォーカルをとることで彩り豊かになればいいなと。3人の声の個性を活かしながら、12曲÷3人=4曲というわけです」

――2004年のミニ・アルバム『Volume 2』に入っている“Blowing Away”を再録した理由は?

Matt「Mihoが歌う予定だった曲が別にあって、スタジオでも何度か合わせてみたものの、あまりしっくりこなくて……。結局その曲はボツにしたんですけど、Mihoが歌う曲でほかに適当なものがなかったので、〈“Blowing Away”がいいかも〉と提案したら、みんな賛成してくれて。『Volume 2』ヴァージョンとは構成も違うし、いずれ再録したいと思っていたんですよ。あとは、『On Parade』でも、『Volume 2』から“Back To The Sweethearts”という曲を再録したんですけど、このときも今回も『Volume 2』のプロモーションになれば……というスケベ心がなかったかというと嘘になる気がします(笑)」

 

 

『Odd Harmony』までの歩みと、好きな音楽について

――Beat Caravanを知らない人のために遡った話をしたいんだけど、結成は何年くらい?

Miho「こないだ決めたよね、それ(笑)」

Bob「『Odd Harmony』CDの帯には〈90年代後半〉って書いてあるけど」

Matt「いや、結成10周年のときに決めたんだよ。98年に」

――ShoogeとMihoは結成からのメンバーだよね。最初は3ピース?

Shooge「いや、もう1人ギターがいましたね。バンドを始めたときは4人で、TEENGENERATEの曲をやってました」

――その話は聞いたことがある。ShoogeがFink(TEENGENERATEのギター/ヴォーカル)役だったとか。

Shooge「恥ずかしながら(笑)」

Miho「真っ白のフライングVでね(笑)」

Shooge「友人に譲ってもらったそれしか持ってなくて(笑)」

TEENGENERATEの95年のライヴ映像

 

――それでオリジナル曲をやり始めたときに3人になった?

Shooge「そうです。大体そんな感じです」

――その頃にデモカセットを作ってるようだけど、当時はカセットをいろんなところに送ったりする文化が盛んだったよね。Beat Caravanはどうだった?

Miho「BASE(高円寺のパンク系レコード店)に10本持ち込んで、10年くらい前に〈とうとう全部売れたよ!〉って連絡がきたんですけど、その代金をまだ回収しに行ってない(笑)」

Shooge「Psych up(西新宿のレコード店)にも置いてもらいましたね。(店主で元ザ・ファントムギフトの)ピンキー青木さんが結構プッシュしてくれて」

Miho「レーベルに送ったりとかは特にやってないです」

――最近はカセットの文化が復活してきているけど、そういうのは興味ある?

Matt「テープも出したいとは思うんだけど」

Bob「最近の新譜のカセットは、売値もレコードと同程度で嗜好品ですよね」

――そこからMattが加入して、しばらくしてPOP BALL(大阪拠点のポップ・パンク系レーベル。オーナーはTHE WIMPY'Sのヒロッキー)から2002年に7インチ『Beat Caravan』を出すじゃないですか。その辺の経緯は?

Miho「THE WIMPY'Sは大好きなので、聴いてもらおうとGIG-ANTIC(渋谷のライヴハウス)のライヴにカセットを持って行って。Shoogeと一緒に行ったよね」

Matt「そのときに渡したの?」

Shooge「いや、その日ではないです。その日はどうせならたくさん配ろうと思って時間をかけてせっせとダビングした結果、テープがまさかの無音で……。全て」

Miho「オールナイトのライヴだったよね。車で向かって、途中で一応聴こうとしたら音が入ってない(笑)」

Shooge「だからTHE WIMPY'Sに渡せたのは別の機会ですね。で、すごく気に入ってくれて、わざわざ電話もくれたりして。物凄く嬉しかったです」

――無音のを渡さないで良かったね。

Shooge「いや本当に。オノ・ヨーコ的というかジョン・ケージ的というか(笑)」

――その頃のBeat Caravanはポップ・パンク寄りの音だったよね。いまみたいな感じに変わっていく転機みたいなのはあったのかな?

Shooge「Mattがバンドに入ったからじゃないですかね、やっぱり」

Matt「Beat Caravan加入前にShoogeと一緒に別のバンドをやろうとしていて、“Back To The Sweethearts”みたいな感じの曲をスタジオで合わせてみたりしていました」

Shooge「そのバンドは〈パンク・イーグルス〉みたいな感じでね」

Matt「それしかできないから(笑)。気分はイーグルスみたいに爽やかな曲を演りたいんだけど、ギクシャクした演奏しかできなくて。そうこうしているうちにBeat Caravanに加入することになって、引き続きそういう曲をやるようになったというか、それでBeat Caravan(のメンバー)はみんな自分で曲を書く人たちのはずなのに、自分が入ったら全然書かなくなって(笑)」

Miho「〈肩の荷が下りた〉って言ってたよね(笑)」

Bob「Mattが入って1年くらいですかね、当時、僕は客としてよく(Beat Caravanのライヴを)観に行ってたんですけど、そのギクシャクした技術で(笑)、リハーサルでまさにイーグルスの曲とか演奏してるんですよ。“Take It Easy”とか。〈なんだこのバンド?〉って思いました(笑)。その時点で、シングルのああいう(ポップ・パンクな)感じからは違っていたんですよね」

Matt「あとはコモンビル※からの影響もあったんでしょうね。カントリーっぽい感じとヒップゲローからの荒々しさを持ち合わせていて大好きだったので」

※元ヒップゲローの玉川裕高が率いたカントリー・ロック・バンド。2003年に活動休止

コモンビル“睡眠”のライヴ音源

 

――そこから『Volume 2』が出るまで、間が結構空いたんだっけ?

Matt「7インチを出したのが2002年で、その次の『Volume 2』が2004年ですね。んさんに〈出してくださいよ!〉って言ったような記憶があります」

――その辺の経緯をあんまり覚えてないんだよね(笑)。

Miho「最初のデモはポップ・パンクみたいな感じで、いわゆるパワー・ポップ界隈の人からするとちょっと色が違うというか、みんな反応がイマイチだったんですよ。だけど、んさんが〈いやー、Beat Caravanっていいかもしれないんだよね〉みたいな、否定的だけど気にもなってるふうなことを言ってたのはよく覚えてます(笑)」

Matt「僕は自分が入る前からBeat Caravanのファンで、よくライヴを観に行ってたんですよね。確かにポップ・パンクの括りに入れられがちだったけど、ゼロズみたいな曲もあったりしてなんか違うな、という気はしてて。それで好きだったんですよ」

――その頃からモダネッツの“Rebel Kind”とかさ、ああいう感じの曲を演りだしたよね。

Matt「その曲自体は僕が入ってからだと思うんですけど。ただ、雰囲気は当初からもありましたね」

――カントリー・ロックとパンク・ロックの中間に位置するのが“Rebel Kind”だと言えるよね。

Matt「まさに。昔からバック・チェリー(モダネッツのリーダー)は鋭い人だなぁと思ってました。彼はグラム・パーソンズとかも好きですもんね」

モダネッツの2007年のコンピ盤『Get Modern Or Get F*Cked』収録曲“Rebel Kind”

 

――その後、2006年はカジュアルズ(インクレディブル・カジュアルズ※)の来日公演にBeat Caravanにも出てもらったんだよね。

※元NRBQのギタリスト、ジョニー・スパンピナートが在籍するロックンロール・バンド

Shooge「ありがたすぎる話でした」

――カジュアルズと演ったときの感想は?

Bob「(Beat Caravanの)みんなそうだと思うけど、自分たちのことはなにも覚えてないです(笑)」

Shooge「いや本当に。カジュアルズの演奏が格好良すぎて、いま思えば自分たちの演奏はなくても全然よかったです(笑)」

Matt「もちろん、来日する前は音源しか聴いたことなかったわけじゃないですか。それはそれで好きだったんですが、来日の少し前にライヴ盤が出てたんですよね(編注:2004年作『Yearbook '04: Live! At Da ’Coma!』のこと)」

Shooge「出てたね、(録音が)轟音のやつ」

Matt「それでオッ!と思ったんですけど、ライヴでもあのまま再現されてた。すごい感動しましたね。Beat Caravanとしても、あれはかなりデカい出来事だったんじゃないですかね」

――今回の『Odd Harmony』でも、カジュアルズについて歌った曲がアルバムに入ってるよね。

Bob「“At Da ’Coma”では、カジュアルズのホームとも言えるケープコッドのビーチ・コマーというライヴハウスの情景を歌ってます。僕らはそこに行ったことないんですけど(笑)、カジュアルズのライヴを体験しなければ出来なかった曲ですね」

Miho「ジョニー(・スパンピナート)には〈いつでもケープコッドにライヴしに来て〉って言われてるんですけどね」

インクレディブル・カジュアルズ“Summertime”のライヴ映像

 

――カジュアルズ繋がりで訊くけど、Beat CaravanってQ(NRBQ)みたいなイメージを持たれてるじゃないですか。

Matt「好きってだけですけどね」

Miho「好きってことは声高に言ってるもんね」

――さっきはイーグルスの名前も出てきたけど、その辺やQを聴こうというのはどういうきっかけだったのかな?

Matt「イーグルスやNRBQは結構昔から好きだったんです。でも、ああいうのは(自分たちに)できる音楽ではないとも思ってて。とはいえ、日常的に聴いてるわけだしエッセンスはどうしても入っちゃうんじゃないですか。よくカヴァーもしてましたし。一回、Qのカヴァーだけのライヴを演ったこともあります」

Miho「強行したよね(笑)」

Matt「僕らだけが楽しかった(笑)。なんか、クリスマス・パーティーみたいなノリの企画だったような」

NRBQの77年作『All Hopped Up』収録曲“I Got A Rocket In My Pocket”のライヴ映像

 

――Bobが加入したのは、カジュアルズと共演する前後だっけ?

Bob「『Volume 2』のリリース直後が最初のライヴでしたね。それがラバー・シティ・レベルスの大阪公演(2004年、千日前のアナザードリーム)で」

Shooge「いきなり大阪だったか(笑)」

――その後、『On Parade』が2010年にPOWER ELEPHANT!※からリリースされるわけだけど。矢田(圭伸)くんから話があったのはどういう流れ?

※元MOD LUNG、現Dirty Satellitesの矢田圭伸が主宰するレーベル

『On Parade』収録曲 "EVERYDAY IS SUNDAY"

 

Shooge「矢田さんとの最初の接点としては、まずは僕らがライヴ企画に誘ったんですよ。『Volume 2』を出したあとは自分たちのライヴ企画を月1回ぐらいのペースで高円寺のペンギンハウスでやっていて、日常的に出演バンドを探していたんです。それでMOD LUNGもネットで検索しまくって発見(笑)」

Bob「後で話を聞けば、それ以前にless than TVの企画に出た時か何かで、Beat Caravanを観てくれていたそうですけど」

Matt「で、その自分たちの企画にMOD LUNGとSADDLESに出てもらって。数年後、この日出演のSADDLESとBeat Caravanを、それぞれ順にPOWER ELEPHANT!がリリースしてくれたという次第です」

MOD LUNGの2006年作『Modern Language Blues Quest』収録曲“Giant Sea Worms”

 

――矢田くんがPOWER ELEPHANT! を始めたころに、SADDLESなども含めて〈東京アメリカーナ〉という打ち出しをしていたじゃないですか。あれってどう思ってたの?

Bob「矢田さんから、『On Parade』のリリースに合わせて、いわゆる〈アメリカーナ〉と呼ばれるようなサウンドのバンドを集めたCDを作りたいというお話がありまして。僕らがそういうサウンドに当てはまるかと考えるとどうなんだろう?と思いましたが、最終的にあのコンピレーション・アルバム(2010年作『TOKYO AMERICANA』)が出る形になりました」

Matt「アメリカでもそうだけど、エモ界隈の人たちがルーツ志向になっていく流れがしばらく前からあったようで。ただ、僕らはもともとそういう音楽性じゃないし、そういう流れにもまったく乗れてなかったので……。ともかく手に取ってくれるきっかけになればと」

――とはいえ、そういう流れのなかで初めてフル・アルバムを出して、多少反響はあったじゃないですか。渋谷の某レコード・ショップで結構売れたり。

Matt「そうらしいですね! お店で何度も曲を流してくれたんですよね。そういう売れ方が一番嬉しい」

――今回の『Odd Harmony』も、どこかで流れれば反応あるんじゃないかな。あとBeat Caravanといえば、ビッグ・スター/アレックス・チルトンを筆頭に、いわゆるArdent Records周辺のメンフィス・ロックが好きじゃないですか。その辺とかはBeat Caravanのサウンドを作る上で意識してるんですか?

Matt「それはあまりないですね」

――でもカヴァーをやってるよね、(アレックス・チルトンの)“Bangkok”とか。

Shooge「そうですね。あとは、アレックス・チルトンがカヴァーした曲のカヴァーも」

――“Lipstick Traces (on a Cigarette)”もそうだよね。

Matt「あれは完璧にアレックス・チルトンのヴァージョンで演ってますね。アレックス・チルトンを聴いてからアラン・トゥーサンや古いロカビリー、カントリーなどを本格的に聴くようになったし、そういう意味でも影響は大きいかと」

アレックス・チルトン"Lipstick Traces"のライヴ映像

 

――そもそも、どうやってアレックス・チルトンに出会ったの?

Matt「最初は“Bangkok”ですね。ライノのコンピで知って格好良かったから、(アレックス・チルトンの)アルバムを買ってみたら全然良くなくて(笑)。“Bangkok”みたいな曲を期待して買ったから。それが好きになるまで7、8年かかったような気がするなぁ。最初は紫色のベスト盤を聴いたんだけど(編注:91年のコンピ『19 Years: A Collection Of Alex Chilton』のこと)」

Bob「あのベスト、すごくいいんですよね」

Shooge「(1曲目に入ってる)“Free Again”もあのヴァージョンが最高。最後のシャウトが削られてなくて」

Matt「いま聴くといいんだけど、最初はピンと来なくて。みなさんもそうですよね? 『High Priest』(87年)も19、20歳くらいのころに買ったけどわからなかった。『A Man Called Destruction』(95年)が大学出るか出ないかあたりの作品で、その辺から急に〈あれ?〉ってわかりはじめた感じ」

――ビッグ・スターはある意味一般化したじゃない、ティーンエイジ・ファンクラブの影響とかもあって。

Matt「そうですね。インタヴューでもビッグ・スターやニール・ヤング、バーズの名前を挙げているのを見かけたし、自分もそれで聴きましたし」

――でも、そこからアレックス・チルトンやヴァン・デューレン、スクラフスまで広がっていく感じはなかったような気もするんだよね。

Matt「メンフィス周りだと、トミー・ホーエンやプリックスも。一時期はリイシューが活発でしたよね。聴こうと思えば手にとれたというのは自分にとってはデカいです」

――いまだとムリだろうね(笑)。

Matt「モア・ファン(MattがBeat Caravan以前に参加していたパワー・ポップ・バンド)のころからその辺は大好きだったので。なんか惹かれるものがあるんですよね」

――その一方で、みんなビーチ・ボーイズも好きじゃないですか。それとメンフィス物はどう繋がってるの?

Matt「ボックス・トップス※の流れですかね……。ビーチ・ボーイズのカヴァーもしてますし」

※アレックス・チルトンが在籍し、60年代に活躍したポップ・ロック/ブルー・アイド・ソウル・バンド

Bob「“Darlin'”はBeat Caravanがトリオのときから演ってますよね」

ビーチ・ボーイズの67年作『Wild Honey』収録曲“Darlin”

 

――ビーチ・ボーイズの初期はチャック・ベリー的なロックンロール色が濃いけど、その時期と『Pet Sounds』期の感じだと、どちらが好き?

Bob「僕は全部好きですよ。“Kokomo”なんかも含めて」

Matt「初期の曲もハーモニーの付け方が独特ですし、フォー・フレッシュメンっぽいところもあったり。ああいうのは好きですね。全部好きですけど」

――あとはNRBQの遺伝子を今日に引き継ぐバンドとして、例えばシー&ヒムがいますよね。その辺もBeat Caravanの今回のアルバムとリンクしている部分があるのかな。

Shooge「それはまったくくわかりませんが、差し当たりBillboard-LIVEのアンケート(来日リクエスト)には、必ずシー&ヒムの名前を書いてはいます(笑)」

Matt「シー&ヒムは本国ではすごく売れてるんだよね?」

柴崎「バカ売れですよ。日本だとそこまでじゃないけど『Volume Two』がスマッシュヒットしてますね(日本盤のリリース元はPヴァイン)。M・ウォードも勢いがあったし、ズーイー(・デシャネル)が映画『500日のサマー』で人気になって」

シー&ヒムの2010年作『Volume Two』収録曲、NRBQのカヴァー“Ridin’ In My Car”

 

Miho「ズーイーはファッション・アイコンでもあるしね」

Bob「ひと昔前は歌が上手で、複雑なコードを使って、なんでもしっかり演奏できるような人たちは緻密で本格的なジャズやポップスを目指すような流れが主流だったと思うんですけど、シー&ヒムみたいにQのようなバンドが好きで、60年代のティーンエイジャー向けみたいなラフなロック・スタイルで演奏する人たちは、いろんなところで増えてきているような印象がありますね」

――つまり、Beat Caravanに時代が巡ってきた?

Shooge「そうだと嬉しいですけどね」

Matt「周回遅れの先頭を走ってるみたいな(笑)」

――『Odd Harmony』の帯では、〈スウィート・ロックンロール〉と形容されているよね。

柴崎「そのまま活字で〈ロックンロール〉と書くと、なんとなくオラオラな感じになっちゃうじゃないですか」

――〈スウィート〉って、Qだったらジョーイのイメージだよね。ラヴィン・スプーンフルからの流れもあって。テリー・アダムスはジャズ寄りというか。

Matt「ちょっとアヴァンギャルドというか。その辺がいいバランスだったんでしょうね」

――その間にトム(・アルドリーノ)がいたのかな。ちょっとスウィートな変人。

Shooge「超音楽マニアでしたね」

Matt「清濁併せ呑むみたいな。彼が全てを融合させてたのかもしれない」

Shooge「ジョーイのスウィートさは、スパンピナート・ブラザーズ(ジョーイが弟ジョニーと組んだバンド)でもさらに際立ってますよね」

スパンピナート・ブラザーズ“Japan”

 

――そういうメンバー間のバランス感覚って、Beat Caravanの場合はどんな感じ?

Matt「なにか判断に迷ったときは、なんとなくBobに頼る部分はありますね」

――客観視するポジションみたいな感じかな。

Miho「音楽をよく知ってるしね」

Matt「引き出しも多いし。ギターのアレンジは大抵Bobに任せているんですよ。というか、ギター以外の部分に関して、アレンジらしいアレンジをしていないので。みんなあんまり作り込むのが好きじゃないし、〈どうだ!〉と言わんばかりのアレンジは恥ずかしいというのもあって」

Shooge「そもそも出来ないです」

Matt「〈これがやりたい〉というのでこうなってるのではなくて、〈これは嫌だ、これは恥ずかしい〉というのを避けるところからBeat Caravanの音楽は成り立っているんです」

Miho「これはないよねー、とか(笑)」

――それ言ったら、バンドをやること自体が恥ずかしいんじゃない(笑)?

Matt「恥ずかしいです(笑)。インタヴューやレコ発ライヴも恥ずかしい」

Miho「顔出すのも恥ずかしいよね」

Matt「でもアルバムや曲を作って、それを良かったと言ってもらったり、ライヴを観に来てもらえたらとても嬉しいので。それでやってるんじゃないですかね。そういう人がひとりでも増えれば、それで万々歳。それだけじゃないですか」