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没後20年を迎える作曲家・武満徹が遺した〈映画音楽〉の世界~映像、音の、想像の庭へ~

Avec Toru Takemitsu #1

没後20年を迎える作曲家・武満徹が遺した〈映画音楽〉の世界~映像、音の、想像の庭へ~

映像、音の、想像の庭へ

 この雑誌、イントキシケイトの前身であるミュゼを立ち上げてすぐ、武満徹の訃報を聞いた。創刊号を準備しているときだった。今年、創刊20年、この号で120冊目を迎えるその節目が彼の命日2月20日とぶつかる。そこで暫く、武満徹という人の音楽について触れるページを設けることになった。

 昨年末、東京FMのミュージックバードの一本6時間に及ぶ武満徹の特集番組を手伝うことになり、武満の映画音楽をしばらくの間ずっと、隅々まで聴いた。100本近くの映画、さらに数十のテレビやドラマ、舞台の劇伴音楽を隅々まで聴けるようになったのは、死後発売された小学館の武満徹全集のおかげである。数えてみると映画だけで1,000近いトラック数があった。コンサート・ミュージックの作曲家でもある人が、このように大量に映画や劇伴の音楽を手がけることが世界にあるのだろうかと不思議に思うが、本人によれば「ない」そうである。海外の仲間である作曲家たちも、武満の映画の仕事にはあきれるばかりだったろう。

 映画が大好きで年間、300本もみた年があるという人だったから、こんなに大量の音楽を残せたのだろう。大変な映画好きなのであり、当然制作の現場にも介入したかったのだろう。「これは生活の一助なのだ」というのはまさに家族を巻き込んだとんでもないエクスキューズではなかったか。

 武満徹の作品を対象にした研究が国内外には多数ある。中でもピータ・バートの『武満徹の音楽』は、誰でもが入手できる武満作品の体系的研究書だ。この本によれば武満作品は、分析を困難にするような飛躍がどの作品にも多かれ少なかれあるようだ。ひとつには、武満がその影響を公言していたリディアン・クロマチックというジャズ理論の影響であり、さらには文学的、詩的イマージュの介入によるメタミュージック的飛躍である。

 そして想像するに、研究者の分析作業を困難にしているのは、彼が積極的に取り組んだ劇伴の音楽からの自身の音楽語法への影響だろう。テレビの音楽や舞台の音楽は、海外の研究者には理解に時間を要する研究領域であり、その量は、武満に限っては膨大なのだ。戦後すぐ、日本の映画産業のバブルは、職業的音楽家も育てたが、映像と音の実験に様々な実験と実践の場所を与えたというのは、武満という人が残した作品をみてもあきらかだ。

 年譜にしてコンサート作品とこうした劇伴作品の制作年を順に追ってみたり、実際の作品を聴き比べてみたりとお気楽な比較や想像は楽しいものだが、いつの日か、この武満固有の作品領域も網羅した研究本の出現を期待したい。というのも、いまも変わらずシリアスな音楽とポピュラーな音楽の領域は、不可侵のままだからだし、武満徹という身体の中では、この二つの領域は一つだったに違いないからだ。

 映画音楽には、物語が進行する場所にある音楽が演出の手段の一つとして必要であり、当然、武満も物語の中で登場人物が聴いたり、彼らがいる場所に流れている音楽も書いた。映画音楽作品集を聴いて驚いたのは、武満はなんでも書けた人だったという事実だ。ラテン・ラウンジ、ハワイアン、コンボスタイルやビッグバンドのジャズ、シャンソンタンゴ、尺八や和太鼓、琴の邦楽なども使って映画を音色豊かに演出した、当時流行していた音楽ならおそらくなんでも書けたのではないだろうか。初期の代表作『弦楽のためのレクイエム』から聴こえるクラスターの固有の響きの重なりに、不器用な孤高の作家という長年の想像は陳腐なもので、彼は、なんでも聴いてなんでも書けた作曲家だったのだ。

 必要だとされれば、どんな音楽でもある意味職業的に書いた。『燃ゆる秋』、『紀ノ川』のようなメロドラマを盛り上げる詩情豊なテーマ音楽や、たとえば初期の映画音楽『もず』では、チェレスタ、サックスやアコーディオンとオーケストラが絡みあう色彩感豊かで、オーセンティックなハリウッド・スタイルのスコアを書いている。コンサート形式の作品としては『クロストーク』しかのこってはいないが、映画音楽では、蛇腹の楽器、バンドネオンやアコーディオンを用いた作品がたくさんある。『他人の顔』では前田美波里が歌うクルト・ワイル風のタンゴを書き、『燃ゆる秋』にはタンゴを書いている。ピアソラは、そういう武満の嗜好を知っていたのかどうかわからないが、コンチェルト作品の委嘱を打診していた。

 しかし、よく知られた、映画のラッシュを見ながらそこに存在しているはずの聴こえない音を想像し、作曲するというシュールな彼固有の作曲能力に加えて、どんな音楽も書けるというスキルは、ときに劇伴として必要な演出的役割を超えたとんでもないオリジナル・サウンドを生み出した。

 その最初の傑作が『狂った果実』のバリトン・サックスとスチール・ギターが混じり合う、想像のラウンジ・ミュージックだろう。あるいはタップ・ダンサーの音、カスタネットやパーカッションがエレキ・ギターとビッグバンドのサウンドと混じって混沌とする『乾いた花』のスコアもこの映画のプロットと武満の想像がなければあり得なかった、オルターナティブなポピュラーの傑作だ。

 振り返ってみると、作曲家として世界的な評価を得た、尺八と琵琶との協奏的作品『ノヴェンバー・ステップス』や、雅楽アンサンブルのための『秋庭歌一具』などの邦楽器をつかったアプローチも、コンサート形式の作品にさきがけて、時代劇『切腹』で、はやくも試みられている。彼にとって映像と音が出会う領域は、想像が刺激される幸福な場所だったのだろう。この20年の間に映像と音を取り巻く環境は随分と変わってしまった。ただその領域には、まだまだ面白い刺激的な出来事があるはずだと彼の残した作品は、語り続けている。

 


■武満徹作品公演スケジュール

谷辺昌央ギターリサイタル~武満徹没後20年を記念して~

○2/26(金)19:00開演
会場:東京オペラシティ 近江楽堂(Tokyo)
演奏曲目:ギターのための12の歌より/すべては薄明のなかで―ギターのための4つの小品
出演:谷辺昌央(g)
www.oumigakudou.com/

山田和樹 マーラー・ツィクルス 第二期「深化」
○2/27(土)15:00開演/14:30~指揮者によるプレトーク開催
会場:オーチャードホール(東京)
演奏曲目:ア・ストリング・アラウンド・オータム―ヴィオラとオーケストラのための/マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調
出演:赤坂智子(va)山田和樹(指揮)日本フィルハーモニー交響楽団
○3/26(土)15:00開演/14:30~指揮者によるプレトーク開催
会場:オーチャードホール(東京)
演奏曲目:ノスタルジア/マーラー:交響曲第6番嬰イ短調「悲劇的」
出演:扇谷泰朋(vn)山田和樹(指揮)日本フィルハーモニー交響楽団
www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/

HORIZON 松尾俊介「武満徹へのオマージュ」
○3/16(水)18:30開場/19:00開演
会場:近江楽堂
演奏曲目:武満徹:ギターのための小品、フェリオス、すべては薄明のなかで、エキノクス、森のなかで/武満徹編:ギターのための12の歌より早春賦、オーバー・ザ・レインボー/J.Sバッハ:シャコンヌBWV1004/L.ブローウェル:悲歌〜武満徹の思い出に
ローラン・ディアンス:トリアエラ
出演:松尾俊介(g)
http://okamura-co.com/concerts/horizon

没後20年特別企画 武満徹ソングブック・コンサート2016
ショーロクラブ with
ヴォーカリスタス and 谷川俊太
○5/14(土) 16:30開場/17:00開演
会場:練馬文化センター 大ホール(こぶしホール)
演奏曲目:「死んだ男の残したものは」「明日ハ晴レカナ、曇リカナ」ほか
出演:ショーロクラブヴォーカリスタスアン・サリーおおたか静流おおはた雄一ほか)
朗読:谷川俊太郎
www.neribun.or.jp/

ヤニック・ネゼ=セガン指揮
フィラデルフィア管弦楽団

○6/2(木) 19:00開演 会場:フェスティバルホール(大阪)
○6/3(金) 19:00開演 会場:サントリーホール(東京)
○6/4(土) 19:00開演 会場:ミューザ川崎シンフォニーホール(川崎)
○6/5(日) 14:00開演 会場:サントリーホール(東京)
演奏曲目:ノスタルジア~アンドレイ・タルコフスキーの追憶に~(6/2, 3)
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ニ長調 Op.19(6/2, 4, 5)
出演:五嶋龍(vn)ヤニック・ネゼ=セガン(指揮)フィラデルフィア管弦楽団
www.ryugoto.com/

サントリー芸術財団サマーフェスティバル2016
サントリーホール国際作曲委嘱シリーズ第1回作品 武満徹「ジェモー」再演

○8/26(金)
会場:サントリーホール 大ホール
出演:タン・ドゥン(指揮)東京フィルハーモニー交響楽団、他
http://suntory.jp/HALL/

没後20年 武満徹 オーケストラ・コンサート
○10/13(木)19:00開演
会場:東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル
出演:オリヴァー・ナッセン(指揮)クレア・ブース(S)*ピーター・ゼルキン(p)**ジュリア・スー(p)***東京フィルハーモニー交響楽団
演奏曲目:グリーン(1967)/環礁―ソプラノとオーケストラのための(1962)*/地平線のドーリア(1966)/テクスチュアズ―ピアノとオーケストラのための(1964)**/夢の引用―Say sea, take me!―2台ピアノとオーケストラのための(1991)**/***
www.operacity.jp/

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