Bunkamuraザ・ミュージアム
ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞

歌川国芳「国芳もやう正札附現金男 野晒悟助」(部分) 弘化2(1845)年頃
William Sturgis Bigelow Collection, 11.28900
Photograph(C)Museum of Fine Arts, Boston

 

ボストンから渋谷へ。幕末の二大天才浮世絵師の秀作に学ぶ

 浮世絵は「メディア」である。江戸時代の人々は、浮世絵という印刷媒体からさまざまな情報を手に入れた。文学・芸能・社会・風俗・事件、なんでもござれ。軟派も硬派も無頼派もそろい踏み。幕末に大活躍した歌川派の兄弟弟子・歌川国芳歌川国貞。個性的な天才浮世絵師は、同時代に対照的な表現を発信した。歴史活劇から隠し絵に戯画まで知性と感性のトリックスター国芳。時代を映す美人画を艶やかに繊細にディテールまでこだわる国貞。改革の相次いだ時代を鏡で映すかのように、浮世絵の表現も変遷していく。世相を対比して鑑賞すると歴史社会学の資料としての価値の高さも見えてくる。

 「ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞」(Bunkamura ザ・ミュージアム)のポスターは、両者のファン層をターゲット別に意識している。キャッチコピーは2ヴァージョン。

 「江戸時代から髑髏好き」(国芳)
 「江戸時代から手紙好き」(国貞)

 「髑髏」に「スカル」、「手紙」に「メール」というルビをふっているのが、イマドキの帰国子女風視点のようでもある。なんせこのたびの浮世絵コレクションはアメリカから里帰り中。あのボストン美術館からはるばる海を越えてやってきたのだ。

歌川国貞 松竹梅雪曙「八百屋お七」四代目市川小團次、「下女お杉」四代目尾上菊五郎、「土佐衛門伝吉」初代河原崎権十郎 安政3(1856)年
William Sturgis Bigelow Collection, 11.22004a-b
Photograph(C)Museum of Fine Arts, Boston
 

 国芳・国貞のコレクターとして知られる医師のウィリアム・スタージス・ビゲロー(1850年~1926年)の浮世絵文化への貢献は大きい。海洋生物学者のモースの三度目の訪日に同行して、ちょっと日本へ旅行のつもりがすっかり気に入ってしまい、そのまま7年間も滞在してしまったというビゲロー。友人で東洋美術史家・哲学者のアーネスト・フェノロサ(1853年~1908年)は、当初は浮世絵については卑俗な大衆芸術として認めなかったらしい。しかし、ビゲローは、医師業を廃してまで浮世絵蒐集に没頭した。

 明治維新により西洋美術至上主義が高まり、日本の古典美術は危機に瀕していた時代。廃仏毀釈で仏教美術はうち捨てられ、フェノロサ、モース、岡倉天心は日本美術を救うために奔走していた。ただ、浮世絵に関しては大衆的なものと卑下し、さほど関心を払っていなかったようだ。それでも、ビゲローはあくまでも美術品としての浮世絵の価値にこだわり続け、壮大な浮世絵コレクションをボストン美術館に寄贈した。初代・日本美術キュレターに任命されたフェノロサは、浮世絵を「退廃的」なものとして評しながらも、美術館から離れた後は、浮世絵の販売で生計を立て、 浮世絵版画の歴史についての著作を記している。

 海を越え、時を越えて人々を魅了し続けてきた「江戸のポップカルチャー」浮世絵。享楽的な時代の浮世絵は絢爛豪華な大スペクタクルの世界で、文字通り浮き世離れした絵物語が思いっきり弾けている。しかし「浮き世」は長くは続かず、やがて「憂き世」に。天保の改革後、風俗画の取り締まりが強化され、浮世絵の表現や出版に規制が求められた。具体的には、役者絵や遊女の美人画にも「待った」がかかり、浮世絵業界は窮地に。しかし、表現の不自由な時代にこそ自由な発想を発揮するのが真のアーティスト。

歌川国芳「初雪の戯遊」弘化4-嘉永5(1847-52)年 
William Sturgis Bigelow Collection, 11.16077-9
Photograph(C)Museum of Fine Arts, Boston
 

 国芳は滑稽画に燃えた。歌舞伎役者の顔を描くべからずといわれれば、「荷宝蔵壁のむだ書」なるヘタウマ落書きにこっそり役者の似顔絵を忍ばせたり、動物や天狗を描き、往年の出世作「水滸伝」もパロディ画として発表。素朴な大津名産「大津絵」のキャラクターに人気歌舞伎俳優の似顔絵をコラージュして歌舞伎の『傾城反魂香』のシーンを描いたり。奈良時代の絵巻物を写して、老いも若きも身分の違いも関係なく顔に墨を塗り、水野忠邦の政策に対して反骨精神で表現したり。知性あふれるパロディ画は、風刺画としても人気をさらい、ピンチの時のチャレンジ精神はあっぱれお見事だ。

 美人画の豪華絢爛な着物も御法度になりシックなモードに移行。国芳は「縞揃女辮慶」の連作で「弁慶縞」「弁慶格子」といわれる和製ギンガムチェックの着物を召したご婦人たちのさりげない所作を描いた。浮世絵には、武蔵坊弁慶の逸話を題材とした狂歌が添えられた質素倹約時代の「絆」キャンペーン。ちなみに播磨国の名産の明石縮の商業ポスターともいわれている。

 「藍摺」と呼ばれる色彩表現も質素倹約から生まれた。印刷技術は多色刷りから色味を落とした深い色合いの藍の刷りへと創意工夫。国貞の「藍摺絵」は、西洋から輸入された化学染料「ベロ藍」(プルシャンブルー)の濃淡だけで描かれ、遊女の唇だけほんのすこし紅のさし色。深い芸術作品に昇華させた連作は神秘的だ。

 国貞は町家の女性も魅惑的に表現した。小紋の着物に襟を重ね、緋色の襦袢はチラリズム。日常生活の中での美容シーンを切り取るシリーズも人気を博した。「花暦吉日姿 灸すえよし」には、「お灸」をすえる女子。「当世三十弐相 世事がよさ相」には、「舌磨き」する女子が登場する。国芳も「当世商人日斗計 日五つ時」に「漱い茶碗」を左手に持ち右手の房楊枝で舌苔をしごく美女を描いた。江戸っ子は口臭対策や歯磨きにもこだわり、麝香や白檀、丁子などを活用してデンタルケアしたそうだ。インド伝承医学のアーユルヴェーダ健康法のようで興味深い。ひょっとして、医師であったビゲローも東洋医学に興味を感じて、これらの意匠を蒐集したのだろうか。浮世絵に描かれた生活習慣は、日本を海外に紹介するうえでも貴重な民俗学的資料になったにちがいない。

歌川国貞「見立三十六歌撰之内 在原業平朝臣 清玄」八代目市川團十郎(部分)嘉永5(1852)年
William Sturgis Bigelow Collection, 11.42663
Photograph(C)Museum of Fine Arts, Boston
 

 今回は、ボストン美術館の浮世絵コレクションのうち国芳と国貞の作品1万4千枚超の中から170件(約350枚)の版画がセレクトされた。これだけの数の作品をボストン美術館から一度に外に貸し出すのは、1876年の開館以来初めてらしい。

 今回の展示のエントランスには、国芳の愛した猫の浮世絵CGアニメ。音声ガイドでは、歌舞伎俳優・中村七之助がナビゲーション。週末のランチタイムに鑑賞する和装の女性の姿もちらほら。シアターコクーンの楽屋からお忍びでやってきたのか着流しの歌舞伎役者青年も列に並ぶ。シニアの外国人観光客と日本のヒップホッパー風青年が並んで浮世絵の前で立ち尽くす姿も絵になる。

 多様性に富んだ浮世絵に大いに刺激を受けた後、見事なアーカイヴで編集された分厚い展覧会カタログをあらためてひもとくと、現代人にもわかりやすくポップに解説されているのが新鮮だ。浮世絵に押印された落款をじっくり観察して、さらに微細を鑑賞する醍醐味もなかなか愉しい。ボストン美術館から里帰り中の「国芳・国貞」作品は、渋谷を皮切りに神戸、名古屋へ巡回した後、今後5年間はお蔵入りになるそうだ。「5年後は、浮き世なのか憂き世なのか…」気になるところ。「国芳・国貞」から学ぶ「うつくしい国」の表現のあり方とは。とびきりホットな温故知新の学びになることうけあいだ。 (text:北中理咲)

 


EXHIBITION INFOMATION

ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞
会期:開催中~6/5(日)*会期中無休
開館時間:10:00~19:00(入館は18:30まで)
毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
www.ntv.co.jp/kunikuni