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【interview】Max Richter/庄司紗矢香
ヴィヴァルディという風景を旅しながら、《四季》に新たな息吹を吹き込む

(C)Wolfgang Borrs
 

 《四季》のリコンポーズは、ポスト・クラシカルの作曲家マックス・リヒターヴィヴァルディの原曲から25%の素材を残し、新たな音符を書き加えた作品だ。

 「もともとは『どうすればヴィヴァルディのテキスト(楽譜)を再評価できるか?』という自問自答から始まったんです。つまり、“BGMの有名曲”のような、これまで《四季》に纏わりついた“お荷物”を全部引き剥がしてしまおうと。ところが、いざ始めてみると原曲の魅力にどんどん取り憑かれていき、これほど自分が情熱を傾けることになるとは、全く想像もつきませんでした」

 原曲の編成にムーグ・シンセサイザーを加えたこの作品、最近はシンセ抜きでの演奏も増えてきた。

 「個人的にはシンセの音のフィジカリティが好きなんです。でも、ひとつひとつの音符は楽譜に書かれています。バッハの作品は、仮にバンジョー四重奏で演奏しても、偉大であることに変わりはありません。音符を書き換えない限り、どのような編成で演奏しても曲の素晴らしさを損ねることはないのです。同様に《四季》のリコンポーズに関しても、一番重要なポイントは音符です。テキストに書かれた通りに音符が機能する以上、どのような編成で演奏しても構わない。ピリオド楽器での演奏にも非常に興味があります。いったん楽譜というテキストを書いてしまえば、私の仕事は終わりです(笑)」

 3月には、10年前のリヒターのアルバム『ソングズ・フロム・ビフォア』がDGより再リリースされた。記憶を遡っていくようなスローテンポの音楽に乗せて、村上春樹作品の英訳が朗読される実験色の強い作品だ。

 「2004年に東京で演奏した時、空港の売店でペーパーバックを初めて買ったんです。滞在中も読み続けていたので、小説と現実が重なるような奇妙な感覚を覚えました。現実と虚構、夢と現実の曖昧な境界を越えていく村上春樹は(ドイツ出身の作家)W・G・ゼーバルトに通じる点があります。彼らが小説で描く“幻想”“記憶”“現実”“夢”は、私の音楽においても重要なテーマですね」

 “夢”と“現実”の曖昧な境界、という点では昨年リリースされた《スリープ》も話題を呼んだ。バッハの《ゴルトベルク変奏曲》が睡眠目的で書かれたという伝説を踏まえ、リヒターが作曲した8時間の超大作だ。

 「《スリープ》は睡眠用の音楽として作曲しましたが、人間の意識は、実は睡眠中も活動しています。仮に《スリープ》で眠れなかったとしたら、それは私の音楽がリスナーの意識に直接届いたということですね。つまり、音楽とリスナーの間に“対話”が生まれたのだと思います。私は音楽家ですから、音楽とリスナーがインタラクティヴに“対話”できるよう、常にベストを尽くすだけです。『起きながら聴かないで』とは言えません(笑)。3月にベルリンで8時間版全曲を初演しましたが、6月にもシドニー・オペラハウスで再演する予定です」

 最後に《四季》のリコンポーズ日本初演を祝し、リヒターが次のようなメッセージを寄せてくれた。

 「今回、東京で初演されることを大変うれしく思います。庄司紗矢香さんの演奏は数年前、ドイツのテレビで初めて拝見しましたが、非常に素晴らしいヴァイオリニストですね。この作品は、ヴィヴァルディという風景(ランドスケープ)の中を旅していく“実験的な旅行”として作曲しました。ヴィヴァルディは《四季》の中で、思わず探索したくなるような美しい風景の数々を表現しています。彼の音楽がすぐれている理由のひとつは、まさにそうした風景にあると思いますし、そこからリコンポーズの着想も浮んできました。ぜひお楽しみください」

(C)Kishin Shinoyama
 

 《四季》のリコンポーズを日本初演する庄司紗矢香は、かねてからこの作品に強い関心を寄せてきたという。

 「画期的な曲だと思いました。ヴィヴァルディに手を加えること自体、作曲家としては非常に大胆な行為だと思うんです。実際、フランスあたりでは『神聖なヴィヴァルディをいじるべきではない』という批判もあったと伺っています。ところが実際に聴いてみて、あまりにも自然な音楽に仕上がっているので驚きました。単に新しいというだけでなく、バロックから現代まで聴き継がれてきた《四季》に新たな息吹を吹き込み、そこにマックス・リヒターという作曲家の世界観が重なることで、とても共感できる作品に仕上がっていると思います」

 今回の演奏では本格的な弾き振りにも挑戦。2月にナントで共演したポーランド室内管と再び舞台に立つ。

 「今の時代を生きる我々にとって、この作品に含まれるクラブ・ミュージック的な要素に不自然さを感じることはありません。ただし、クラシックの伝統の中だけで活動してきた演奏家にとっては、かなり勇気が試される部分があることも事実です。若い世代の奏者たちは、たとえディスコに通っていなくても現代的なリズム感覚が身についていますが、やや上の世代の奏者になると、そうしたリズムが不自然に感じられるかもしれません。でも、そうしたジェネレーション・ギャップは国籍の違いと同じようなもの。ポーランド室内管とじっくりリハーサルを重ねていきながら、ギャップを乗り越えることが出来ました。今まで私が取り組んできた音楽とはカラーの全く異なる曲ですが、若い世代だけでなく、さまざまな世代のリスナーに聴いていただければと思います」

LIVE INFORMATION
音楽の冒険~21世紀に蘇る「四季」
出演:庄司紗矢香(vn)ポーランド室内管弦楽団
公演番号:126
○5/3(火・祝)20:30~21:15 東京国際フォーラム ホールB7
公演番号:215
○5/4(水・祝)18:30~19:15 東京国際フォーラム ホールA