響き合う
世界を写す、音へ

 武満徹に会ったことがあるというと、驚かれるようになってしまった。亡くなって20年も経つのだから、当然だろうか。実はサインをいただいただけだが、いい思い出となっている。

 私は、武満の音楽にショックを受けたことから、何か突き動かされるような気持ちで研究を始めた。1993年の事である。感動を武満に伝えたかったが、うまく言葉に出来なかった。次第に、秋山邦晴氏が作成した「主要作品年譜」に記載されていない、主要でない作品を調べ始めた。映画、演劇、ラジオにテレビと、面白いように発見され、ますます武満という作曲家に興味を抱いた。しかし、武満は、1996年2月に帰らぬ人となってしまった。作成したリストは、のちに小学館の全集で役に立ったから、よかったと思う。けれども、武満と親しかった人から、「どんな感想でも、武満は喜んで耳を傾けたと思うよ」と言われた。行動に移さないというのは愚かな事だと、私は学んだ。また、人の生には、限りがあるということも。

 武満の音楽は、独特だ。数小節、いや、一音を聴いただけでも武満とわかる。それでいて私にとって、それまで親しんできたクラシックやジャズ、ポップスや民族音楽を聴くことと矛盾がなかった。耳慣れた協和音やクラシックでも耳にする和音が響き、ジャズの和音やポップスで使われるコード進行、バリのガムランのように少しずらした音程を一対とする響き、三味線のさわりのように音の粒が独立していながら束になっている響き、風の音、鳥の鳴き声が聞こえる。しかし、細い糸のような疑問が幾つか残った。その糸を手繰り寄せてみると、辿り着くところがあった。

 武満は、戦時中に敵性音楽として禁止されていたシャンソンを耳にして、戦争が終わったら音楽家になろうと決意を固めた――この事実である。シャンソンは、武満の心を満たし、愛を感じさせ、甘美な歌が禁じられる状況は、大きな疑問を抱かせた。平和と音楽が分かち難く結びついた思いを、武満は生涯、持ち続けたと思う。

 多大な人命を奪った第二次世界大戦を経て、音楽の息づく平和な時間を希求したのは、武満だけではなかった。国連が平和を唱え、国際音楽評議会(IMC)の本拠地がユネスコに置かれたように、武満の思いを分かち合う可能性が、現代音楽の領域にあった。また、欧米での舞台は、文化的対話を試みる絶好の手段と、武満は思ったのではないだろうか。

 武満が創作と同様に、日本での国際的な音楽祭のプロデュースに力を注いだのも、そのためだろう。「今日の音楽」、「サントリーホール国際作曲委嘱シリーズ」、東京オペラシティの企画(現・「コンポージアム」)は、いずれも国際交流の場で、日本と世界との風通しを良くする催しだった。困難と面倒を伴う仕事だが、武満は持ち前のユーモアで周りの人を惹きつけ、リーダーシップを発揮した。後者二つは継続しており、21世紀の私たちもその恩恵を受けている。

 武満の目は、文化全般にも開かれていた。そして一人の世界に籠らず、武満の言葉でいえば「同時代の思想と感情」とのつながりを、求めた。対象は、作家や詩人、映画監督や美術家、哲学者、建築家など多岐に渡った。

 そうした多数の人と文化を考えようとする一方で、武満の音楽は、内省的で、個に目が向けられている。1960年代までは、リビドーに従って書いたような勢いがあることがあるが、次第に武満の音楽は、精緻さを極めていった。空間と音の響きを利用して、視覚そして想像力を刺激する音楽は、類を見ない。時に鋭い響きが差し込まれるのは、時代への警鐘だろうか。武満の音楽を聴くとは、美しい庭を眺めるのと似て、自分の心と向き合う時間となる。

 20世紀の芸術で、美は、否定されることもあった。が、武満は、聴く喜びをもたらす美を、追求し続けた。私は、その美しさに、魅せられ、勇気づけられている。

 武満は、宇宙人に喩えられる風貌をし、夢を語る人だったが、内実は地に足を付けた、非常に現実的・具体的な仕事をした。そして胸には、音楽と人間を愛する心を抱いていた。音楽に身を捧げたような、この魅力ある作曲家の生涯を、一冊の本にまとめてみた(『武満徹 ある作曲家の肖像』音楽之友社よりこの夏発売予定)。武満は、音楽作品を通して、また、プロデュース活動を通して、私たち、そしてまだ見ぬ未来の人に、バトンを手渡している。賞賛も批判も、きっと私たちの糧になるだろう。

 


寄稿者プロフィール
小野光子(Mitsuko Ono)

音楽学。武満の作品リストを『武満徹著作集』(新潮社)などに発表。その後、『武満徹全集』、『林光の音楽』(以上、小学館)、『柴田南雄とその時代』(Fontec)、『吉田秀和 CD版 永遠の故郷』(集英社)を編集。訳書にピーター・バート著『武満徹の音楽』(音楽之友社)。現在、武満のエッセイ仏訳に伴い、初出データ作成中(宮川渉訳、Symetrie社、来夏出版予定)。