現実の場とフィクションの場
「協奏曲を書くのが好きなんですよ。オーケストラってリハーサルの時間が少ないからなかなか何ができるかを一緒に探ってゆくことができないですよね。ソリストとはじっくりとやりとりしながら探ることができますから。で、いわゆるクラシックの協奏曲で問題があるとおもっているのは、ソリストが弾かないところ。ソリストの休止が長くて、でもソリストは曲にノリノリで、っていうかんじあるときってあるでしょう? なに調子のってんだよ、って思う。また、突っ立っているだけのときもありますけど、そんなときには、自分のことやったらそれだけか、って(笑)。
だから、僕の協奏曲はソリストに休みがないんです。焼き鳥で言ったら串ですよ。ソリストなしでオーケストラだけリハーサルをしてもどんな曲なのか誰もわからない。でも、オケだけで成りたつ曲って沢山ありますよね。そんなふうにはなっていない。
いまの問題は、ICEが夏にリンカーンセンターの音楽祭で初演するチェロ協奏曲で、譜面をめくれないこと。ずっと弾いてる。休止は2カ所だけで、1小節のうち3拍と4拍だけ。浄瑠璃みたいに黒子を使うとか……いま話し合い中です」
MARTYN BRABBINS,名古屋フィルハーモニー交響楽団 藤倉大オーケストラル・ワークス「世界にあてた私の手紙」 Sony Records International(2016)
――藤倉大と話をしているのはおもしろい。新譜の冒頭に収められた《フルート協奏曲》の話に、「協奏曲」を作曲する、その作曲家にとっての「現実の場」が浮かびあがってくる。
「たまたま仲良くなったのが今回ソリストであるクレア・チェイスなんですけど、彼女、ピッコロが嫌いなんです。で、曲にはわざとピッコロもいれています(笑)。一番大きなコントラバスフルートもつかっていて、奏者が持ち替える見た目のおもしろさと音楽が楽器とともにどうスムーズに転換するのかを両方、コンサートにいる場合には、体感することができます」
――藤倉大は、コンサートで録音した音源をそのままアルバムとしてリリースなどしない。
「生のものと録音とは全然違う芸術作品だと思っているんです。ですから、ほんとうに申し訳ないのだけれど、生のあの感動を収めました、というかたちにはしません。アルバムは記録ではありません。自分の希望するひびきに近づけているんです。名古屋フィルはマルチ・トラックで録音をしているので、それをもとに1曲20時間くらいかけてミックスしています。拍手も咳もはいっていません。
スコアのとおりではあるけれど、フレージングから強弱から、音楽的なところも多く変わっている。ピアニッシモでも音圧を変えたり位置を変えたりとかもね。一方、実際の演奏で楽譜どおりに弾いていても、演奏というのは楽譜以上に羽ばたくことがあります。それはそれで生かす。また、指揮者の上のマイク、メインのマイク、ホールのひびきを吸収するマイクの音はほとんどつかっていません。むしろセクション・マイクをつかっています。
ミックスやっているときにどんどん音が3Dになっていく、目の前に音像が浮かんでくるのは快感ですね。「コンポーザー・イン・レジデンス」という立場では、オーケストラのメンバーもスタッフも、みんな協力的なので、ほんとうにうれしいし、いろいろな面でいい結果がでているとおもいます」
――《世界にあてた私の手紙~バリトンとオーケストラのための》は、エミリー・ディキンソンとウィリアム・ブレイクの詩にもとづく歌曲で、もともとはオーケストラではなくピアノがつかわれていた。
「いつかオーケストレーションしたいとおもっていた作品で、名古屋フィルが快諾してくれたので、こういう機会を持つことができました。作品そのものは、これで良し、と考えているものだから、あとはオーケストラにしたときの「色」だけ考えて作業をしたわけです。楽しいですね。最初からオケで書くのとは当然違います。何かをつけ足したりもしていない。オクターヴを変えるところがあったかどうか。オケがこのサイズだったら、その倍くらいメンバーがいるようなひびきはつくろうとしています。トクかな、と。僕が大阪人だからかもしれないけど(笑)」
――また《ミナ~木管楽器・打楽器による5人のソリストとオーケストラのための》は、ICE(インターナショナル・コンテンポラリー・アンサンブル)を生かした作品で、一種のコンチェルト・グロッソ。アンサンブルがオーケストラと一緒に演奏する機会をつくるというニュアンスもある。全員がひとりずつベルを持ったり、ダルシマーが中心的な役割を果たしたりとおもしろい。
最後に収められている《バニツァ・グルーヴ》は、タイトルのとおり、とてもグルーヴ感のあるキャッチーな作品。
「もともとウィーンフィル奏者で結成されているアンサンブルのニューイヤー・コンサートのために、はじめはワルツをという依頼だったんです。でもワルツじゃ、ということで、ブルガリアのリズムでいいか?と尋ねたらOKがでて書いたんですが、ちょうどブルガリアのEU加盟とも重なったりもしました。でも、この曲は半分封印してもいるんです。この曲で人気がでちゃったら困るな、と(笑)」
――4曲それぞれに異なりつつも、作曲家・藤倉大の音楽を、それぞれに楽しむことができるアルバム、堂々、リリースである。
藤倉大作品 LIVE INFORMATION
○6/21(火)19:00開演
ジャン=ギアン・ケラスが弾く20世紀、21世紀─。
藤倉大:osm~無伴奏チェロのための(トッパンホール15周年委嘱作品/世界初演)
ジャン=ギアン・ケラス(vc)
会場:トッパンホール
○8/20(土)13:30開演
藤倉大:ホルン協奏曲第2番
福川伸陽(hr)鈴木優人(指揮)麻布学園OBオーケストラ
会場:東京芸術劇場コンサートホール
○10/21(金)18:45開演
○10/22(土)16:00開演
名古屋フィルハーモニー交響楽団第439回定期演奏会
藤倉大:レア・グラヴィティ~オーケストラのための
アントニ・ヴィット(指揮)名古屋フィルハーモニー交響楽団
会場:愛知劇術劇場コンサートホール
○12/16(金)19:00開演
山田和樹指揮 東京混声合唱団第241回定期演奏会
藤倉大:委嘱作品
山田和樹(指揮)東京混声合唱団
会場:第一生命ホール
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