ブエノスアイレス午前零時、ベルリンは朝の5時
ベルリン・フィルの強者たちが、“人生の豊かさそのもの”と称するタンゴ音楽への長年の情熱を熟成させた。ピアソラの13曲を主に、バレンボイムの友人ホセ・カルリ、若いパスクァレ・スタファノの作品を詰め込んだ、多彩なタンゴ・アルバムの誕生である。
「エレジーふうの作品を弾くことが多いから、アップ・テンポの曲をやろうという考えは昔からありました」と語るのは、編曲も手がけたダーヴィド・リニカー、「12本もチェロがあるので和音で遊べるし、幅広い音域で変化を加えていける。重要な声部を12人で回していくことで、豊かなサウンドが生まれる」。「12人のチェリストが弾くことで作品に新しい光を当てられるかが重要。音域的な制約はあるが、微妙な響きのニュアンスが実現できる」とマルティン・レール。ニコラウス・レーミッシュは「チェロで試しながら、音色などを工夫して曲を作り上げていくのも興味深いプロセスです。音符を弾くのではなく、行間に籠められた様々な思いをいかに12人、いかにチェロで表現していくかが勝負ではないかと」。ルートヴィヒ・クヴァントが「つねに12人の意見が一致するわけではなく、かなり激しい議論が交わされることもある」と笑う、「何テイクか録って、エネルギーを放つ演奏を選んだ。正確さだけを追求するより、音楽に生命力があるほうが絶対にいい」。彼が全体の"取りまとめ役"だというが、リーダーはパッセージごとに変わる。「でなければ、このグループ自体がとうの昔に消えています」と笑う。「12人の個性が直接ぶつかるから難しさもあるが、そこも面白い」とレール。「指揮者がいると、どうしてもその動きが目に入ってくる。私たちの場合は、音楽を聴くことに集中してもらえる」とクヴァント。
ベルリン・フィルで来日し、ラトルとのベートーヴェン・チクルスを進めているさなか、「世代も若返って、とても柔軟になり、国際色もさらに豊かになって、オーケストラもいま非常によい状況にある」とクヴァントは語った。では、「12人」は個々にとってどのような場所なのか? 「オーケストラというひとつの社会のなかにあるチェリストの共同体の人間関係と音楽の方向性をいち早く知れる場所」(レーミッシュ)。「つねに音楽的な冒険の旅であり続けています。自分たちで全責任を追う厳しさと愉しさがある」(クヴァント)。「チェロの表現の可能性をさらに引き出していく実験の場でもある」(レール)。「音楽家としての自分を豊かにしてくれる。オーケストラではできないことも楽しくやれるので、バランスをとるのに重要な領域です」(リニカー)。かくして、ブエノスアイレスは真夜中でも、ベルリンではそれぞれの朝が始まっている。
LIVE INFORMATION
ベルリンフィル12人のチェリストたち
○7/7(木)19:00開演 アクロス福岡シンフォニックホール
○7/8(金)19:00開演 京都コンサートホール大ホール
○7/9(土)15:00開演 三田市総合文化センター 郷の音ホール
○7/10(日)14:00開演 サントリーホール 大ホール
www.sonymusic.co.jp/artist/12Cellisten/info/468548