ベルリン・フィル制作、アバド最後の客演コンサート&貴重なドキュメンタリー映像!
2013年5月、アバドがかつて芸術監督を務めていたベルリン・フィルに最後に出演した際のコンサートの音楽、映像両面の記録である。メンデルスゾーンとベルリオーズという、同時代に交流のあった性格も音楽も対照的な2人の大作曲家を並べた、いかにもアバドらしいコンセプチュアルなプログラムである。そして、演奏もまったくアバドらしい、肩肘張らない自然な音楽の流れの中に、聴き手に新たな発見の喜びを与えずにはおかない、含蓄に富んだものとなっている。
メンデルスゾーンの《夏の夜の夢》は序曲冒頭から繊細な合奏、美しい彫琢、溌剌としたリズム、音色の変化、晴朗な音楽性に魅せられる。そして耳を澄ますと、主旋律以外の声部が音楽に豊かな彩りと深い陰影を与えていることに気付かされる。とくに対旋律的に動く低弦や、再現部での金管楽器の深みのある響きが他の楽器とハーモニーを成す美しさは筆舌に尽くしがたい。こうした響きの陰影は《間奏曲》でその頂点を示す。ほのぼのと、気品高く鳴り響く 《結婚行進曲》も美しい。2人の歌手と女声合唱を伴う2曲では、ヴィブラートを抑えた清澄な美声がニュアンス豊かに聴き手に語りかけてくる。
ベルリオーズの《幻想交響曲》は、標題を拡大解釈することなく、スコアを深く読み込み、高い合奏力で鳴り響かせた演奏である。全曲のあちこちで魅惑の花が咲き、音楽は自然に高潮。第1、2楽章のラストは“祭典”のように高まる。第3楽章の木管の対話の美、第4楽章の金管の嚠喨とした吹奏も印象的だが、背後を支える楽器群の克明な描出にも唸らされる。終楽章では彼らの表現力が全開となる。地獄の鐘は薄気味悪く鳴り響き、各楽器の特殊奏法は恐ろしい異化効果を生みだし、《怒りの日》の引用も黙示録的だ。阿鼻叫喚地獄のラストまで、アバドによる「神は細部に宿る」とばかりの目配りが行き渡り、それにベルリン・フィルが完璧なアンサンブルと最高の響きで応えていることに驚かされる。