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カイヤ・サーリアホ

カイヤ・サーリアホ
 

ヴィジュアルなイメージを喚起させるフィンランドの作曲家

 カイヤ・サーリアホの音楽とは、詩であり、映像であり、絵本である。もっと言うなら――異界からの風であり、中世への旅であり、秘密の花園への誘いである。

 それほどまでにヴィジュアルなイメージを喚起する音楽なのだ。そこで彼女は、秘術として現代のテクノロジーを使う。パリのIRCAM(フランス国立音響音楽研究所)でグリゼーミュライユから多大な影響を受け、ポスト・スペクトル楽派として位置づけられるサーリアホだが、彼女が電子音響やコンピュータによる倍音分析といった技術を扱うその手つきは、あたかも魔女が秘薬を調合するときの薬草を集めてくるときの感じを思わせる。

 いや、魔女というよりは、巫女に近い存在かもしれない。なぜなら、サーリアホは明らかな神秘主義者ではあるけれど、そこには常にエレガンスと、神聖と世俗のバランスと、高い精神への憧れがあるからだ。同じフィンランドの作曲家で大御所的な存在のエイノユハニ・ラウタヴァーラ(1928-)が天使への偏愛を明言し、そこには善なる存在のみならず悪の天使までも含まれているのに対し、あるいはそれに続くカレヴィ・アホ(1949-)が鳥や昆虫や岩石に至るまでの自然界へのスペクタクルな視点を特徴としているのに対し、それに続く世代の一人であるサーリアホ(1952-)は、同様に自然との深い交信を行いつつも、そこに人間の声と倫理的な高みさえ感じさせるのである。それにしても、さらにその下の世代にマグヌス・リンドベルイ(1958-)やエサ=ペッカ・サロネン(1958-)が続いていることを考えると、フィンランドからは何と多くの素晴らしい作曲家たちが輩出されてきていることだろう!

 むろんそのルーツはシベリウスである。今回のサントリーホール国際作曲家委嘱シリーズでは、テーマ作曲家として来日するサーリアホが、細川俊夫との公開対談を行い、室内楽とオーケストラの主要作品および委嘱新作を披露するが、その中で、企画考案者の武満徹が決めたプログラミングの決まり事として、委嘱新作に加え「自らの代表作」「自らがもっとも影響を受けた作曲家の作品」「自らが推薦する若い作曲家の作品」をひとつずつ選ぶことになっている。そのしきたりに倣い、サーリアホが影響を受けた作品として選んだのはシベリウスの交響曲第7番――当然というべきか、納得いく選択である。シベリウスの音楽にも、自然信仰や神秘主義と極めて近いところがあって、その最大の成果がこの第7番だからである。形のないもの、全体が姿をあらわさないものについての交響曲。そこからすべては始まったのだ。

 今回の委嘱新作世界初演の「トランス(変わりゆく)」は、どうやら事実上のハープ協奏曲らしい。ソリストはグザヴィエ・ドゥ・メストレという豪華さ。何をさしおいても駆けつけねばなるまい。 *林田直樹

グザヴィエ・ドゥ・メストレ (C)Gregor Hohenberg
 

LIVE INFORMATION
サントリーホール国際作曲家委嘱シリーズNo.39(監修:細川俊夫)
テーマ作曲家〈カイヤ・サーリアホ〉

【室内楽】
○8/24(水)18:20開場/19:00開演 18:30~プレコンサート・トーク(カイヤ・サーリアホ&細川俊夫)会場:ブルーローズ(小ホール)
○曲目:カイヤ・サーリアホ(1952-):7匹の蝶*(2000):テレストル(地上の)*(2002):トカール**(2010):光についてのノート*,**(2010)【日本初演】
○演奏:アンッシ・カルットゥネン(vc)* 石川星太郎(指揮、p)** アンサンブルシュテルン
【管弦楽】
○8/30(火)18:30開場/19:00開演 ○会場:大ホール
○曲目:ジャン・シベリウス(1865-1957):交響曲第7番(1924)カイヤ・サーリアホ(1952-):トランス(変わりゆく)*(2015)【世界初演】ゾーシャ・ディ・カストリ(1985-):系譜(2013)【日本初演】カイヤ・サーリアホ(1952-):オリオン(2002)
○演奏:エルネスト・マルティネス=イスキエルド(指揮)グザヴィエ・ドゥ・メストレ(hp)*東京交響楽団