長い夏休みも後半に差し掛かった、ある日の午後。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。どうやら合宿から帰ったばかりの部員たちがたむろしているようですよ。

 

【今月のレポート盤】

LIVINGSTON TAYLOR 3-Way Mirror Epic/ソニー(1978)

鮫洲 哲「いや~、伊豆の海は最高だったわ!」

雑色理佳「就職の決まった梅ちゃん先輩はともかく、サメ先輩は合宿に来ている場合じゃないっしょ! てか、キャスの水着姿を見たかっただけだろうけどね、にゃはは」

鮫洲「違うっつうの!」

梅屋敷由乃「それにしてもいま流れている優しい音楽が、合宿の疲れを癒してくれるようですわ。この素敵な声はジェイムズ・テイラーさんですよね!?」

雑色「ハズレ! これはJTの弟、リヴことリヴィングストン・テイラーっすよ! 来たる9月に10年ぶりの日本公演があるんで、しっかり予習しておかないと!」

※公演終了。9月3日と5日にBillboard Live TOKYOで行われた

リヴィングストン・テイラーの2010年のライブ映像
 

梅屋敷「あら、お兄様ととても声が似ていますわね」

キャス・アンジン「テイラー5兄弟のなかでも、声質といい、音楽性といい、もっともジェイムズに近いのはリヴよね」

雑色「何を隠そう、私はJTよりもリヴ派なのだ! 兄貴のほうが歌は上手いけど、弟のまろやかで人懐っこいヴォーカルの心地良さには抗えない!」

梅屋敷「確かに、素朴で温かみのある歌声ですこと」

鮫洲「だけど、有名な兄の影に隠れて、世間的には地味な扱いをされているよな。カタログもほぼ廃盤だしよ」

アンジン「残念ながらそうよね。だからこそ、今回の2作のリイシューは待望感があったわ」

雑色「いま聴いている78年作『3-Way Mirror』は、初期を代表する一枚でもあるしね。しかもプロデューサーは名匠のニック・デカロ!」

梅屋敷「どうりでストリングスが美しいわけですわ。サウンド自体もAOR的と言うのでしょうか。洗練され、品があってデカロさんらしいですね」

アンジン「リヴはもともとボストン出身だけど、本作は私の故郷でもあるLA録音なの。だからリー・リトナージム・ケルトナーデヴィッド・ハンゲイトらウェストコースト系の凄腕プレイヤーがバックを務めているのよ」

鮫洲「とはいえ、リヴはいつも通り飄々としていてイイよな。初のヒットとなった“I Will Be In Love With You”だって、決して派手じゃないほのぼのしたラヴソングだしよ」

雑色「そうそう。4作目にしてやっとヒット曲が出るんだけど、彼の本質はちっとも変わっていないわけで。じゃあ、もっと前からブレイクしていても良かっただろう……と私は言いたい!」

梅屋敷「でもリヴさん自身がさほどセールス枚数に固執していなかった気もしますわね」

雑色「そういう謙虚で無欲な、つまり私とは正反対の人柄にまた惹かれるんですよね、にゃはは」

鮫洲「それにしても良い曲ばかりだよな。ソングライターという点じゃ、マジで兄貴すら凌いでいるかもしれねえな」

雑色「実際にJTは〈メロディー面でリヴの影響を受けた〉と公言していますしね。後に本作の冒頭曲“Going Round One More Time”もカヴァーしてるくらいで」

アンジン「私は“Train Off The Track”がとても好きだわ」

鮫洲「おお、俺も。アルバム中でもとびきりメロウでグッとくる曲だよな!」

アンジン「ええ。これはね、故郷の家族と別れる悲しみを歌った曲なのよ」

鮫洲「お前、それってもしかして……!?」

梅屋敷「あ、そういえばお茶がまだでしたね。いますぐに」

雑色「ああッ! 今日は図書館に本を返さなきゃいけない日だったわ! 梅ちゃん先輩、ちょいと付き合ってください!」

梅屋敷「あらあら、そんなに手を引っ張らなくても……」

アンジン「相変わらず賑やかな人たちね」

鮫洲「まったくだぜ。ところでキャス、え~っと、もしヒマで死にそうならよ、リヴのライヴに2人で行かねえか?」

 夕暮れのなかを笑顔で駆けて行く2人と、部室に残った2人。夏の終わりの1ページに、リヴの歌声が柔らかな色を添えています。 【つづく】