気付けば師走もどん詰まりの冬枯れた夕刻。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。どうやら忘年会に参加するメンバーが集まりはじめているようですね。

【今月のレポート盤】

TONY,CARO & JOHN All On The First Day Tony,Caro & John/Tapete/BIG NOTHING(1972)

 

逸見朝彦「おはようございま~す! あれれ、まだ先輩たちだけですか? 相変わらず仲睦ましくて妬けちゃうな!」

キャス・アンジン「イツミはいつもテンションが高いわね」

鮫洲 哲「かまってほしいだけだから、ほっとけっつうの」

逸見「いやいや、今日はとっておきのレコメン盤を用意していて、皆さんも流石にこれはまだチェックしていないんじゃないかな~なんて、あははは!」

鮫洲「何が〈あははは!〉だよ、気持ち悪いな」

逸見「まあまあ。トニー・キャロ&ジョンの『All On The First Day』っていう72年の作品なんですけど!」

アンジン「それってビーチ・ハウスがデビュー作『Beach House』でカヴァーしていたUKのアシッド・フォーク・トリオじゃない?」

逸見「ズコーッ! 何で知ってるんだよー!」

アンジン「局地的に話題になったことを記憶しているわ。だけど、私もさほど詳しいわけではないのよ」

逸見「えっへん! このグループは幼馴染みのトニー・ドーレとジョン・クラークに、トニーの妹であるキャロラインを加え、70年に結成されたんですよ」

アンジン「確かこの唯一のアルバムって、当時のプレス数が100枚だったのよね?」

鮫洲「少なっ! そんな超マイナーな連中がよく再評価されたもんだな」

逸見「そうなんですよ! きっかけは2001年にドイツのシャドックスから初めてCD化されたことからなんです」

鮫洲「なるほどね。シャドックスって世界各国の激レア辺境サイケを果敢にリリースし続けている奇特なレーベルだもんな」

逸見「で、2006年にビーチ・ハウスが取り上げたことで一部のインディー・ファンが騒ぎはじめるわけです。僕は今回のリイシューで初めて知ったんですけど、これがめちゃくちゃ良くて! お茶でも飲みながらゆっくり聴いてみましょうよ!」

アンジン「そうそう、ビーチ・ハウスがカヴァーしたのは冒頭曲“The Snowdon Song”よね。彼らは“Lovelier Girl”ってタイトルに変えていたけど」

鮫洲「アシッド・フォークっつうかビートルズっぽくねえか? 良く言えばジョン・レノンが書きそうな歌メロだぞ」

アンジン「ヘロヘロしたヴォーカルと時々ピッチがズレるギターは全然ビートルズっぽくないけどね」

鮫洲「うわ、続く2曲目“Eclipse Of The Moon”はピュアなコーラスに〈ゲゲゲの鬼太郎〉みたいな効果音が入って、尋常じゃねえ脱力感だわ」

逸見「“Sargasso Sea”ではカモメの鳴き声をいじったサイケなエフェクトがビュンビュン飛んでいるんですよ」

鮫洲「そうかと思えば、ひなびたカントリー・フォークみたいな曲も、イノセントな女性ヴォーカルが可憐な曲も、ラヴィン・スプーンフル風もあったりで、驚くほど一貫性がねえな」

アンジン「でも、そこかしこに漂う牧歌的なサイケ・テイストや、チープな録音ゆえのモワモワした音質が、最近のUSインディー勢に通じると思うんだけど」

逸見「あ、そうかも! 2012年にはドラッグ・シティから編集盤『Blue Clouds』もリリースされたんですけど、トニー・キャロ&ジョンの音って確かにドラッグ・シティぽい!」

アンジン「そうね、再評価されている理由も何となくわかる気がするわ」

逸見「ちなみに今回のリイシューを受けて、2018年頭から70年代以来となるツアーを行うらしいんですよ。2005年にジョンが亡くなったので兄妹2人だけですけど。マック・デマルコやアレックスGが前座を務めたらおもしろそうですね!」

鮫洲「長い間忘れ去られていたグループが、ひょんなことで陽の目を浴びて活動を再開するっていうのはなかなか良い話だし、がんばってほしいよな」

アンジン「私、テツのそういう優しいところが好きよ」

鮫洲「けっ、そんなんじゃねえよ!」

逸見「あ、また僕の存在が無視されてる。今日こそは目立てると思ったのにな……」

 いやいや、スマホに頼らず会話をしている逸見がいつになく光って見えますよ。それでは皆様、2018年もロッ研をよろしくお願いいたします。 【つづく】